2025年03月04日18時00分 / 提供:マイナビニュース
米スペースXの「Starlink」がサービスを開始し、能登半島地震での復旧などに活用されて以降、衛星通信に対する関心が高まっています。その衛星通信の市場開拓に向け、新たなチャレンジを打ち出している国内企業の1つがシャープです。
実際シャープは2025年3月3日、フランスのEutelsat S.A.と、スマートフォンのチップセットなどを開発している台湾のメディアテック、エアバス、そして台湾の国際研究機関であるITRI(Industrial Technology Research Institute)と共同で、LEO(低軌道衛星)を経由した5G NTN通信の接続を実証する実験を実施し、成功したことを明らかにしています。
と聞いても多くの人はピンと来ないかと思いますが、これはシャープが複数の企業と共同で「低軌道衛星」を用いた5G通信の実証に成功したことを示しています。実は、衛星通信にはいくつかの種類があり、これまで主流だったのは地上3万6000kmの軌道を地球の自転と一緒に回る「静止軌道衛星」を用いたもの。地上から見ると衛星が止まって見えることから衛星の場所を捉えやすいのですが、一方で距離が非常に遠い分通信速度が遅く、遅延も大きいという課題を抱えていました。
そこでここ最近、とりわけStarlinkの提供開始以降大きな注目を集めるようになったのが、低軌道衛星を用いた通信サービスです。低軌道衛星は高度2,000kmより低い軌道を回る人工衛星で、静止軌道衛星より地球との距離が近いことからより高速大容量、かつ遅延の小さい通信が可能です。しかし、一方で地上から見ると常に動いており捕捉し続けられないので、1つの衛星で地上すべてをカバーすることはできず、非常に多くの衛星を打ち上げる必要があります。
ですが、ロケットの打ち上げ技術が向上し、多数の衛星を打ち上げられるようになったことから、低軌道衛星を用いた通信サービスの実現が可能になってきたのです。そしてEutelsat S.A.は、低軌道衛星の事業化に取り組んできたOneWebと2023年に経営統合した企業であり、現在「Eutelsat OneWeb」として低軌道衛星による通信サービスを提供しています。
そしてもう1つ、この実証実験のポイントとなるのが「5G NTN」というもの。NTN(Non-Terrestrial Network)は、衛星通信や“空飛ぶ基地局”ことHAPS(High Altitude Platform Station)など、地上以外の場所からカバーする無線通信ネットワークのことを指し、5G NTNはそのNTNで、現在モバイル通信の主流となっている「5G」の通信を実現することを示しています。Starlinkは、スペースX独自の通信技術でサービスを実現していますが、今回の実証実験では低軌道衛星通信を用いながらも、汎用性のある5Gで通信を実現したことが大きなポイントとなります。
地上では多く利用されている5G技術を衛星通信に用いれば、その分アンテナの小型化や低コスト化なども進めやすくなりますし、将来的にはスマートフォンで地上と衛星の通信をシームレスに切り替えられるなどのメリットも生まれてくるでしょう。そうした意味でも、5G NTNの実現は大きな意味を持つわけです。
そしてこの実証実験では、Eutelsat S.A.と同社の衛星を運用しているエアバスによるネットワークを、ITRIが開発した5G NTN用のテスト基地局と接続。それをシャープが開発した「5G NTN対応地上局用フラットパネルアンテナ」の試作機と、メディアテックが開発した5G NT通信用モデムを用いた端末側と通信する形が取られ、基地局側、端末側ともに衛星経由でテストの通信信号を受信したことを確認したとのことです。
この実証実験の取り組みは、スペイン・バルセロナで開催されている「MWC Barcelona 2025」のメディアテックブースで紹介がなされており、会場内にも衛星こそ用いていないものの、同じ機材を用いて実際に通信できる環境を用意。ダウンロードでも数十Mbpsの通信速度を実現している様子が確認できました。
シャープの関係者に話を聞いたところ、今回開発したアンテナは、これまで「AQUOS」シリーズなどのスマートフォンを開発していた人たちが参画して進められたものとのこと。衛星と通信するデバイス側のアンテナとなることから、端末側の技術を生かしやすいそうで、シャープが長年培ってきた端末開発や通信の技術をふんだんに用いて開発が進められているのが大きなポイントとなったようです。
その一端が見えるのがアンテナの制御です。先にも触れたように、低軌道衛星は地上から見ると常に動いている状態なので、動いている衛星を次々捕捉し続ける必要があり、そのためにアンテナ自体を動かすケースもあるのですが、シャープの開発したアンテナでは衛星からの電波を自動で補足するよう電子的に制御する仕組みが備わっており、捕捉のためにアンテナを動かす必要がないとのことです。
一方で、開発にあたって苦労したのは、フラットなアンテナの形状を実現することだったとのこと。アンテナの場所によって角度や高さが異なり、それによって性能も変わってきてしまうことから、フラットな形状にしながらも安定した性能を出すことには苦労があったようです。
シャープとしても、衛星通信への取り組みは新たなチャレンジであり、今回のアンテナはあくまで初期段階の試作機とのこと。ですが、同社が衛星通信に本格的に取り組む姿勢を見せていることは確かなだけに、今後の実用化に向けて大いに期待したいところです。
佐野正弘 福島県出身、東北工業大学卒。エンジニアとしてデジタルコンテンツの開発を手がけた後、携帯電話・モバイル専門のライターに転身。現在では業界動向からカルチャーに至るまで、携帯電話に関連した幅広い分野の執筆を手がける。 この著者の記事一覧はこちら