2025年03月02日13時30分 / 提供:マイナビニュース
シグマが発表した新しいミラーレスカメラ「Sigma BF」。パシフィコ横浜で開幕したCP+2025の会場でも1、2を争うほどの注目を集め、タッチ&トライには数十分の待ち時間が発生している状況だった。
話題のSigma BFについて、同社の山木和人社長に話を聞いた。インタビューには、マーケットコミュニケーションデザイン部開発第1部の畳家久志氏も同席している。
“美しくも愚かな”Sigma BF
Sigma BFは、アルミニウムインゴットを削り出して形作った独特のデザインが特徴的。世界最小/最軽量で注目を集め、発売から5年経った今でもファンが多い「SIGMA fp」の登場時に勝るとも劣らないインパクトがあった。
多くのカメラユーザーもそう感じたようで、CP+2025の会期1~2日目は平日にもかかわらず、シグマブースには朝から多くの人が詰めかけていた。山木社長も朝から海外メディアの対応などに追われていたという。
こうした反応について、「驚いているのが正直なところ」と山木社長。ここまでの反応があることは予想していなかったそうで、会場スタッフはユーザーの反応について「はっきりとしたコンセプトがあり、そのコンセプトをしっかり形に表しているのが評価されているようだ」と話していたという。
畳家氏も「アルミニウムインゴットの削り出しというのは、今までなかったわけではないが、ここまで徹底して実現した点が注目を集めた」と推測していた。
SIGMA fpの「fp」は、音楽用語のフォルテッシモ、ピアニッシモの略で、最小限でシンプルにも使えるというピアニッシモと、さまざまなアクセサリーを装着するなどして機能を最大化できる、といった意味が込められていた。
山木社長が「ロジカルな名付けだった」というSIGMA fpに対して、Sigma BFの名前の由来は「ロジカルではなく色んな意味合いが込められる。名前の意図を説明し切らない方がいい」と考えているという。
「BF」自体は「Beautiful Foolishness」の略とのこと。これは明治期の思想家で、東京美術学校(のちの東京芸術大学)の校長でもあった岡倉天心の著書「The Book of Tea」(茶の本)に登場する言葉「beautiful foolishness of things」に由来する。新渡戸稲造の「武士道」が英語で日本の武士道を紹介したように、茶の本も英語で日本の茶道文化を欧米に紹介するという位置づけの作品だ。
この言葉は「ものの持つ美しき愚かさ」といったような意味合いだが、「解釈もいろいろ幅があって難しい言葉」と山木社長。茶の本では「世の中にはいろんなことがあり、いいことも悪いこともある。合理的なこともあればそうでないこともあるけれど、そういったことも含めて一杯の茶を飲んで過ごしましょう」という意味合いで書かれている、と山木社長は説明する。
山木社長自身、この言葉を「いい言葉だな」と以前から感じ取っていたという。そして今回の新カメラの登場にあたって、もともと「dp(dp Quattro)」、「sd(sd Quattro)」、「fp(SIGMA fp)」と2文字で名称を使ってきたため、それを踏襲することは決まっていたことから、「今回はこれを使おう」と考えて社内会議で提案したそうだ。
ちなみに、山木社長もいろいろ説明はしたそうだが、社内の反応は「まあ、いいんじゃないですか」と冷めた反応だったらしい。こうした社長に対しても冷静に対応するのが「シグマらしいんですよ」と山木社長は笑う。
シャネル N°5のように100年後も残る、シンプルでエレガントなカメラ
このBF採用の背景は、単に山木社長が「いい言葉だから」と感じたからというわけではなかった。
「わざわざカメラを持ち出して写真を撮る行為自体が、普通の人からするとなぜ?という感じもする。それがBeautiful Foolishnessみたいな行為ともいえるし、この時代にフラッシュも使えない、機能をそぎ落とし、7時間以上もかけてアルミニウムインゴットを加工して、そんなカメラ自体の存在もBeautiful Foolishnessみたいなものではないか」と山木社長は指摘する。
「言葉自体にいろいろなイマジネーションを持っていて、お客さま一人一人のイマジネーションが起きるといい」といったような考えがあったという。山木社長自身、イマジネーションによる名付けだったようで「説明が難しい」と話す。
発表会で、当初「BF」の名前の由来を明かさなかったのも、あえて理由を説明するのではなく、受け手に解釈を委ねるという意味合いがあったそうだ。「シンプルな分、受け手がいろいろ解釈を残せる余地があると思っています」と山木社長。
Sigma BFの企画が動き始めたのは3年前だったと山木社長は振り返る。「当時は、スマートフォンの性能がどんどんよくなって、幼稚園の運動会で子どもを撮るのもスマートフォンになり、映像や写真が身近になった。その時に、カメラやレンズを作るメーカーの存在意義は何だろう、どうしなければならないのか」。そんな考えに至ったという。
「今までとは違う意味で、本気のものづくりや当社の価値をもう1回作り直す」。そう考えた山木社長。「シグマが本当にこのままで生き残れるのか。自分が仮に大手の社長だと任期があるのでやらなかっただろうが、ファミリー企業なので10年後、20年後、50年後にシグマが存在しているかを考えた」という。
「写真が変わってきて、スマートフォン、AIがあって、カメラも変わっていくなかで、会社がどうあるべきかを考えたときに、変えないものは創業精神」(山木社長)。その精神は「いいものを作る」、「技術を極める」といった「父(シグマ創業者の山木道広氏)が追い求めたもの」であり、そういったものは維持しつつ、それ以外の部分では時代にあわせてアップデートが必要、というのが山木社長の考えだ。
そうして開発に至ったSigma BFだが、開発の当初、スマホカメラが進化して「YouTubeでもカメラの時代が終わった、という人が多かった」と山木社長。「あのころの切迫感というか緊迫感というか、その時の問題意識から、やっぱり日常使いができるカメラを作りたい」という思いがあったそうだ。
そのきっかけの1つには、元コンサルタントで著作家の山口周氏が、SIGMA fpを購入してTwitter(当時)に「感性を磨く道具として最も身近なものとしてカメラがある」との投稿があったという。
「創造性を刺激するようなカメラが重要で、写真をただ記録するだけならスマホで十分。カメラを持つことで、ちょっと光の加減を見るようになったり、ちょっといいシーンを見るようになったり、そういうことができるカメラがあってもいいのでは」というのが、山木社長の考え。
シンプルで、どこに持っていっても違和感がない。シンプルでミニマルなカメラを目指した、というのがSigma BFだ。
山木社長は現在56歳。「カメラを作るのは時間がかかり、自分が社長にいる間に作れるカメラは多くはない」と笑う。これまでのdp QuattroやSIGMA fpは「10年、20年経っても古くささを感じさせないいいものができていると思う」としつつ、「今回のカメラ(Sigma BF)は、50年経ってもMoMA(ニューヨーク近代美術館)とかに展示されるような、"あの時代にこのカメラあったね"みたいな感じのものを作りたい」。そんな思いがあったという。
これには、Sigma BFのプロジェクトが始まったころに丸の内の三菱一号館美術館で開催されていたガブリエル・シャネル展の影響もあった。そこで山木社長の目に留まったのが、数々のドレスではなく香水瓶。「シャネル N°5」が1つだけぽつんと飾ってあり、「めちゃくちゃかっこいいんですよ」と山木社長は振り返る。
このボトルは1921年のもので、「100年前なのになんでこんなにシンプルでエレガントで素敵なんだろう」と感じたという山木社長。そうしたことから「100年後も飽きのこない、エレガントなものを作りたい」とデザイナーに伝えたのだという。
Sigma BFのデザイナーは、従来通り岩崎一郎氏が務めた。コンセプトは「日常使いできて、ミニマムで、シンプルでエレガント、100年後も残るデザイン」。デザイナーにはそれ以上は「任せっきり」だったという。できあがったデザインを見て、山木社長は「ああ、いいな」と感じたそうだ。
もう1つのテーマが「モダン・カメラ・オブスクラ」だ。カメラ・オブスクラは1600年代に欧州で使われたカメラの原型といわれるレンズのついた暗箱で、1645年にはすでに日本に伝来していたと伝えられている。
最先端や未来といった言葉に対して、山木社長は「スマートフォンがあるときにカメラとは何か」という本質的な問いに立ち戻った。レンズメーカーであるシグマにとって、被写体を切り出すのはレンズであり、「カメラはシャッターを切るだけの暗箱である」というのが結論で、それを現代的に実現することを目指したのがSigma BFなのだという。
「レンズは機能のかたまりで、一方でカメラはカメラ・オブスクラのようにシンプルに。そういうイメージがあった」と山木社長は言う。
そしてSigma BFでは、ブラックとシルバーという2色のカラーを揃えたのも特徴的。これに関してはデザイナーと社長、どちらの考えなのかを聞いたところ、山木社長の返答は「はっきりとはしないんです」という意外な答え。
きっかけとなったのは、シグマのレンズシリーズの「Iシリーズ」。以前からシグマでは、Iシリーズがオールメタルであることをアピールするために、アルマイト処理をしていない製品加工前のシルバーモデルをさまざまな場面で展示していた(ちなみに当初はアルマイト処理をして展示しようとしたが、あまり良くなかったそうだ)。
展示していたシルバーカラーを欲しい、という声が今までも多かったという。ただ、デザイナーはカラーバリエーションに難色を示していたのだが、Sigma BFの企画のタイミングで「誰からともなく、カラーバリエーションをやったらどうか、みたいな話があり、なんとなくタイミングが来たという感じ」だったそうだ。
モードダイヤルをなくした新UI
外観だけではない。Sigma BFではカメラのUIを大幅に変更した点も注目点。
特に、Sigma BFには撮影モードがない点が特徴だろう。「私自身、ずっとモードダイヤルは不思議に思っていた」と山木社長。
フィルムカメラの時代は、フィルム側で感度や色が決まっていた。カメラ側はシャッタースピードと絞り、露出補正ぐらいで、「これはモードダイヤルの意味があった」(同)。
ところがデジタルになると、感度も色もカメラ側で決められるようになり、シャッタースピードや絞り、露出補正と並列に選択できるようになった。しかし、結局モードダイヤルを使っていることから、「結局フィルム時代のUIを踏襲していて、追加でISOボタンとかホワイトバランスボタンを付けている」というのが現状だ。
こうしたUIに関して、「画像生成においては本来すべてフラットであるべきでは」という議論は、以前から社内でしていたという。そこで今回、シンプルなインタフェースにしたいということで、社内のUIデザイナーが基本に立ち戻り、メニューをすべて再構築して作り上げたのだという。「最初はだいぶ苦労しました」と山木社長は言う。
結果としてSigma BFでは、すべての撮影設定がオートで、項目を選んで下ボタンを押すとマニュアル操作になる、というUIになった。「はじめは戸惑うかもしれませんが、あの構造を理解するとすごく使いやすい」と山木社長は話す。
スペック面では、SIGMA fpに比べてセンサーの世代が新しくなって像面位相差AFが搭載された。画像処理エンジンも刷新されたため、AF速度が向上。起動時間も高速化した。USB端子も10Gbpsの転送速度に対応するなど、「全体的にポテンシャルの底上げをした」(畳家氏)。
ただ、そうした高速化などの反面、電力消費が増えたため、バッテリーを大型化しつつ、撮影可能枚数や動画の連続記録時間はほぼSIGMA fpと同等レベルに落ち着いた。センサー自体が高速化したわけではないため、ローリングシャッター歪みは従来通りという状況とのこと。
Foveonはまだまだ先
念のため、Foveonの開発状況についても話を聞いた。
Sigma BF自体は、SIGMA fp Lの開発の後に始まったプロジェクトで、Foveonの開発とは並行して進められていた。Foveonの開発は、まだセンサーの開発が難航しており、センサー開発の前の技術開発の段階。
「Foveonは正直まだまだ長い」と、山木社長は製品化までは長期間が必要との見通しを示す。センサーとしてもプロダクトの開発にまだ着手できていないという状況とのことだ。
会津のアイデンティティを追求
今回、シグマではビジュアルアイデンティティ(VI)を刷新し、新しいワードマークやシンボルマークも公表している。担当したのはスウェーデンのSDL(Stockholm Design Lab)。
Sigma BFの開発とタイミングが重なったのはたまたまとのことだが、「リニューアルしないと生き残れない」という危機感から、3年前からスタートしていたという。カメラ業界では、中国勢の台頭が著しい。特に三脚、ライティングの分野で強く、交換レンズでも中国メーカーが技術力を高めている。
海外工場を設置して価格で対抗できる安価な製品を作るのかというと「そういうつもりもない」と山木社長。生き残りのためには、現状の「Made in Japan」「Made in Aizu」を継続する。「中途半端に安いものを作るより、徹底的に日本企業としてのアイデンティティを追求したい」という決断をした。
こうした話をSDLのメンバーにもして、実際に同社の開発拠点である福島・会津に招待したところ、「すごく感激してくれた」という。SDLは「特にMade in Aizuはアイデンティティとしてしっかり主張すべき」という意見となり、今回のVIにつながったのだそうだ。
Sigma BFなどの製品自体にはSDLは関与していないというが、新たなパッケージデザインはSDLが手がけたもの。
「原色系のパキッとしたものではなく、日本的なちょっとしたニュアンスがあり、ちょっとテクスチャーもある、日本的な繊細さを表現」したものだという。日本メーカーに依頼して里紙を使ったことで、和紙のような雰囲気もあって、独特の印象を与えるデザインとなっている。
サッと持ち出してサッと撮る
SIGMA fpは拡張性も考慮されていたが、Sigma BFはシンプルさを追求したことで、ネジ穴などもないため、基本的には拡張性は考えられていない。「基本的に、本当にストイックにそれだけで楽しめるようなものを想定して作っている」と山木社長は話す。
シンプルにハンドストラップだけで持ち出し、サッと構えて撮影する。そんなユーザーの姿を想定して作ったのがSigma BFなのだという。
「海外を回っていて、販売店やプロの写真家、映像作家など、いろいろな人と話をすると、仕事では大きなカメラで撮影するけれど、週末とかは普通に小さいカメラを持ち出してJPEGで撮影したいと言っている」と山木社長は説明。
小さいけれどちゃんとフルサイズのカメラで写真を撮りたい、というニーズがあり、今まではその受け皿がライカQ3だったりしたわけだが、例えば「普段はスーツだけど今日はちょっとカジュアルに」といったイメージのセカンドカメラだという。
さらに、カメラ業界は今、12年前と比べて販売数量は1/3にまで縮小。金額的には高額化していることで当時と変わらないぐらいの売上になっているが、数量で考えれば売れなくなっている。
そんななかでも、山木社長が中学生時代から散髪を担当しているという美容師もローライなどのカメラを好んでいて、そうした美容師や建築家、ミュージシャン、Webデザイナーなど、根強くカメラに興味を持っている人たちは多いと山木社長は指摘。
そうした人たちが、なかなかいいカメラが見つからない、かといって全員がライカにいくわけではない……という状況で、今回のSigma BFを面白いと感じてもらえたらうれしい。そう山木社長はコメント。
Sigma BFは、スペック的にも写真ユーザーをターゲットにしているが、6Kまでの動画も撮影できるため、「メーカーの思惑を超えて、どんな使い方をしてくれるのかも楽しみにしている」と山木社長は話した。
小山安博 こやまやすひろ マイナビニュースの編集者からライターに転身。無節操な興味に従ってデジカメ、ケータイ、コンピュータセキュリティなどといったジャンルをつまみ食い。最近は決済に関する取材に力を入れる。軽くて小さいものにむやみに愛情を感じるタイプ。デジカメ、PC、スマートフォン……たいてい何か新しいものを欲しがっている。 この著者の記事一覧はこちら