2025年01月20日16時36分 / 提供:マイナビニュース
●クレジットカードの利用停止が相次いだ2024年
2024年の話題として、クレジットカードの信頼性が大きく揺らいだという問題がありました。複数のオンライン加盟店において、決済手段としてのクレジットカードが、理由も不明なまま急に停止される事態が発生してしまったのです。
こうした事態が発生している理由は、現時点でも明確ではありません。クレジットカードの信頼とブランド価値が毀損されているため、業界は対策が必要でしょう。
○クレジットカードの利用停止が相次いだ2024年
もともとキャッシュレス決済は、現金のように「どんな支払いにも使える」というわけではありません。犯罪に関わる場合などは当然として、合法であっても特にアダルトでの利用が禁止される傾向にあります。例えば、加盟店が扱う商品として「低俗またはわいせつなものその他公序良俗に反する商品等」を禁止する規約は、クレジットカード以外のキャッシュレス決済事業者でも存在しています。
これは単なる自主規制であり、恣意的な運用にならざるを得ません。低俗/わいせつ/公序良俗という言葉には客観的な定義がないからです。とはいえ、アダルトでもキャッシュレス決済が利用できる決済事業者はあるため、これまでもVisaやMastercardなどの国際ブランドのクレジットカードが使用できていました。
ところが特に2024年に入ってから、アダルトを扱うECサイトを中心に、複数のオンライン加盟店において、一部の国際ブランドのクレジットカードが使えなくなる事態が発生しています。複雑なのは、それが「アダルト商品の取り扱いが理由かどうか」すら分からないという点です。
例えばドワンゴのニコニコにおいては、2023年11月にMastercard、2024年3月にアメリカン・エキスプレス、5月にVisaの決済が停止。一般的にアダルトサイトとは認識されないニコニコ(当時「R-18」ジャンルは存在)でしたが、クレジットカードが使えなくなりました。
4月にはエイシスの「DLsite」でVisa/Mastercard/アメリカン・エキスプレスの利用が停止。同じく4月にはSoftgarageの「PinkPineapple」、5月には虎の穴の「ファンティア」、Jコミックテラスの「マンガ図書館Z」で、それぞれVisa/Mastercardの利用停止が明らかにされました。その後、12月になってもメロンブックスのオンライン通販や、BL(ボーイズラブ)作品などを扱うGMWの「pictSPACE」においてVisa/Mastercardが使えなくなっています。
同じ2024年12月には、マッチングサービスの「オタク婚活のアエルネ」でVisaカードの停止が発表されましたが、これはすぐに撤回されました。それまでが主にオンラインにおけるコンテンツ購入が対象となっていたところに「オタク向け」を謳っているとはいえ婚活サービスが対象となったことで、さらに状況が不明になっています。
こうした状況に対して、自民党の山田太郎議員が8月に米国Visaの担当役員と面談し、「Visa側ではコンテンツ判断はしていない」との言質を引き出しています。
ただ、それ以降も同様のクレジットカードの利用停止が続いていたことから、筆者はVisa日本法人が1年を振り返る説明会を実施した際に、登壇したシータン・キトニー社長に対して「決済の信頼性のためには、突如クレジットカードが使えなくなる事態は問題ではないか」と問いかけました。
それに対してキトニー社長は、「世界各国それぞれ、どこでカードが使えるかどうかは継続してモニターしている。Visaブランド、パートナーのブランドも、そういったものがすべての加盟店で使えるようにしている。ただそれは、その活動が合法であって正当なものである限り全て使えるようにすることを考えている。時には、WebサイトによってはVisaブランド・パートナーのブランドを守るために、カードが使えなくなることが必要となる。これによって規制当局に対する義務を果たしている」といった回答でした。
回答がやや抽象的だったため、「日本において合法なコンテンツであっても、コンテンツの中身を確認しているということか」という再質問もしました。キトニー社長は「複雑なプログラムを持って、それを実行している。これは全世界で行っており、グローバルな場合もあれば、各国レベルのものもある。特にこの分野に関心があるということのようなので、別途ブリーフィングを行った方がいいだろう」との返答でした。
こうした回答が報じられたことで、前出の山田議員が再度Visaに問い合わせしたところ、「報道のコメントは、アクワイアラーや決済代行会社等の現場の判断としてそのような場合があることを承知しているというもの」と返答したそうです。
現時点で、キトニー社長がコメントしたブリーフィングに関しては開催の情報はありませんし、改めての質問にもVisaからは回答が得られませんでしたが、いずれにしてもVisa本社と日本法人が公式に日本の国会議員に回答した事実は重く、これまでの処置はVisaが主導したものではないということのようです。
となれば、今回の事態を引き起こしたのは「国際ブランド以外の決済事業者」ということになります。
クレジットカードの仕組みについて見てみると、VisaやMastercardのようなクレジットカードのネットワークでは、国際ブランドのライセンス契約を受けたイシュアがカードを発行し、アクワイアラが加盟店を管理しています。オンアス/オフアスという2つの種類があり、オンアスの場合はイシュアとアクワイアラは同じ会社になります。
このアクワイアラに加えて決済代行業者が入ることもあります。決済代行業者は、複数のアクワイアラをまとめて加盟店管理しています。
今回の場合は「加盟店に特定の国際ブランドの利用停止を通告した」というのが発端であり、これを行うのは加盟店管理または決済代行業者の役割です。Visaが否定したことから、このどちらか(もしくは双方)が、利用停止の判断していることになります。
今回の事例では、利用停止となった事業者の多くは通告を行った会社がどこなのか明示していません。その中で、ミリオンゲームDXを提供するNORGは、Visa/Mastercardの利用停止の発表の際に、決済代行業者としてテレコムクレジットの名をあげています。
ただ、テレコムクレジットは取材を拒否したため、どういった経緯で判断されたのかは不明なままです。
○ライフカードのIWF加盟の意図は
これ以外だと、クレジットカード会社のライフカードがInternet Watch Foundation(IWF)に加盟したとのリリースを出しています。リリースでは、この団体について「インターネット上の児童性的虐待コンテンツに関する報告を受け付け、その削除を推進する活動をグローバルに展開する団体で、200社以上の国際的な企業が参加」としています。
IWFは英国の団体です。基本的にはCSAM(児童性的虐待コンテンツ)に対処するために、画像ハッシュリストやキーワードリスト、URLリストといった情報を提供しています。GoogleやApple、Microsoftなどの大手プラットフォーマーから、Visa、Mastercardの国際ブランドまで参加していますが、判断基準は「英国で違法かどうか」という観点のようです。
IWFでは「写真以外の画像のURLリスト」も提供しており、これにはCG/マンガ/アニメが含まれています。さすがにIWFも「実在児童」の被害者がいないことは理解しているようですが、「オンラインで誤って見てしまうと、偶然見つけた人に永続的なダメージを与える可能性がある」との理由でリストを提供しているそうです。
この団体に加盟したライフカードは、リリースでアニメやマンガに言及。こうした「日本独自の文化」が「国際的な基準に照らした場合、特定の商材が誤解を生む可能性が指摘されて」いるとしています。そのため、ライフカードのEC加盟店においてコンテンツを定期的に確認し、必要に応じて改善をお願いするそうです。
実際に人の目で確認しているというIWFの画像のリストは置いておいても、キーワードリストの存在も気にかかります。日本では、特定のキーワードを含むタイトルの書籍が規制される事態も以前から話題となっていて、他誌ですが鈴木淳也氏がレポートしています。
また、報道によれば、「マンガ図書館Z」のクレジットカード利用停止の際は、特定のキーワードに抵触する作品全てを削除するよう求められたとしています。
これらの動きにIWFが関与しているかどうかは分かりません。英国内でのことならば英国民が好きに決めれば良いのですが、少なくとも「英国で違法である」程度の理屈では日本国憲法(表現の自由)を優越する理由になりませんし、機械的にキーワードで作品を削除させる手法はまともではありません。
ライフカードは取材に対し、「IWFの情報を無条件に適用するのではなく、禁止商材の検知を目的として活用する」と説明。「利用停止の対応を検討する可能性もありますが、基本的にはIWFの情報を参考情報として利用することが目的」とのことです。
同社の説明を総合すると、国際ブランドがIWFに加入していることから、IWFのリストをもとに国際ブランドが禁止商材と認定することがあり、加盟店を管理するアクワイアラとして、そうした商材を扱っていないか事前に察知できるようにIWFを活用する、といった思惑のようです。
すでにこうした取り組みを実施しているかの質問に対しては、ライフカードは「国際ブランドからの指摘があった際には(加盟店の)サイト内の確認を行っております。その中で改善が見られない場合はクレジットカード利用停止の対応が必要となる場合が今後も発生するかと思慮しております」と回答しています。
Visaの規則では、「Visaまたはその関連会社の評判を落とすような方法でVisaマークを使用してはならない」と定めており、「写真、ビデオ映像、コンピュータ生成画像、マンガ、シミュレーション、その他のメディア」においてCSAMや近親相姦、獣姦などの(一部は宗教関連の影響と思われる)コンテンツが禁止されています。このあたりはキトニー社長のコメントと一致します。
ただしこのVisa規則には、フィクションも対象に含むのか、どういったコンテンツが抵触するのかという具体的な内容は明記されていないようです。同じ規則内では「Visa規則と、適用される法律または規制の間に矛盾がある場合は、法律または規制の要件が適用される」としています。Visaが禁止しているのは各国の法規制で禁止されたCSAMなどのコンテンツなのだろう、とも考えられます。
日本では、現時点でマンガやアニメなどのフィクション作品はCSAMなどとして規制されていませんが、Visa側としては「その国の法規制に違反していないかを確認する」ことになり、それがキトニー社長の「これによって規制当局に対する義務を果たしている」という言葉に繋がったものと考えられます。
このあたりを総合すると、「国際ブランドはCSAMなど一部違法コンテンツは許容していないため、それに関連する特定のキーワードやURLリストなどをベースに商材を検出し、アクワイアラなどに指摘をして、アクワイアラなどが加盟店に確認をしている」ということはあるのかもしれません。
●重要インフラとして適切な規制の検討を
○2024年12月には規制問題を考える集会も開催
2024年12月に山田太郎議員らを招聘して開催された「クレジットカード会社等による表現規制『金融検閲』問題を考える」では、開催団体のうぐいすリボン代表の萩野光太郎氏から、「シンガポールやマニラに本社を置いている、クレジットカード会社の本社から委託されたコンサルタントや調査会社から、規約違反をパトロールしていて、作品に問題があるようだから対応するようメールが来る」という事例が紹介されており、さらに第三者が関係している可能性があります。
山田太郎議員は同会で、「コンテンツの中身ではなくタイトルを見ている。完全に言葉狩りで、何を取り締まりたいのかもよく分からない」と強調しており、キーワードによる作品の排除が求められているというのが現状で、結果としてアダルトでもない作品も対象となっていることを指摘しています。
適法かどうかの確認を求める国際ブランドに対して第三者が過剰な対応を求めており、指摘を受けたアクワイアラなどが機械的に利用停止するか何らかの対処をしようとするかはそれぞれの事業者ごとで異なっている――ということなのかもしれません。
その意味では、ライフカードが事前にキーワードリストなどを入手して、「あらかじめコンテンツの中身を確認しておき、法的な問題がなければ問い合わせがあってもタイトルだけでは削除や停止を求めない」という対応をしているならば、確かに意味があるかもしれません。
いずれにしてもキトニー社長を含むVisaの説明と状況は、一貫しているとも言えます。2024年になって利用停止の問題が拡大したのは、国際ブランド側の確認作業が本格化したのか別の事情があるのか、それはまだ分かっていません。
Visaと同時に利用停止に名前が挙がることの多いMastercardは、現時点で日本での広報体制が機能していないため、取材ができていません。ただ、複数の国際ブランドがセットで扱われていることが多いことから、国際ブランド個別の動きではなさそうです。
ちなみに日本の国際ブランドであるJCBの加盟店規約を見る限りは、同様の項目として「公序良俗違反の取引」が禁止されています。明確な内容が指定されていないため抽象的ですが、通常は法に違反するかどうかで判断されることになるでしょう(もちろん法に反しないような公序良俗違反もあるでしょうが)。特に、「合法な」アダルトや特定のジャンルを標的にした項目はないようです。
○重要インフラとして適切な規制の検討を
さて、こうした現状は、あまり好ましい状況ではありません。どういったコンテンツを
どのように判断しているのが不明瞭なうえ、サイト全体でクレジットカード決済が停止されるのは問題です。
政府は、サイバーセキュリティ基本法において、クレジット分野を「重要インフラ」と指定しています。日本ではキャッシュレス決済比率がようやく4割に達するところですが、この比率をさらに高めることが国の目標で、クレジットカード各社もシェア拡大を目指しています。
そうした重要インフラであればこそ、それにふさわしい扱いが必要です。国際ブランドやその他の決済インフラが特定の商材の取り扱いに規制を設けるのは、それが責任問題にもなりえるからでしょう。
例えばインターネットであればプロバイダ責任制限法が制定されており、プロバイダなどの責任が制限される要件が明確化されています。
加盟店と消費者の決済において、国際ブランド/イシュア/アクワイアラ/決済代行業者といったクレジットカード決済インフラに関わる各社が、その内容まで責任を負う必然性はありません。
逆に言えば、決済インフラが商材の内容を判断するのは最小限に抑える必要があります。さらに決済事業者側には加盟店に対する不正・不当な取り扱いの禁止が求められます。少なくとも、直前に理由もなく利用停止を通告するような行為は認められないでしょう。
マンガ図書館Zでは、決済事業者が審査終了まで既存の決済分の支払いを停止したことを同サービスを設立した漫画家で参議院議員の赤松健氏が説明しています。これでは安心して事業を行えず、決済システムの信頼性の問題となっています。
現時点でも一部国際ブランドの利用が復活していないニコニコでは、「ニコニコサービス全体を対象とした規制範囲の見直し」として、日本だけでなく海外の法令も考慮した規制を行うとしています。欧米以外の海外の法令も考慮するかどうかは特に定められていません。また、海外からのアクセスを一部サービスで制限するともしています。
こうした対応からも、(国際ブランドの関与があるかどうかはともかくとして)海外の法令への準拠が求められていることが予想されます。
こうした状況を踏まえると、今年も同様の事態が続くようであれば、重要インフラとして国が規制を検討する時期に来ているのかもしれません。クレジットカードの信頼性を取り戻すことが必要でしょう。
小山安博 こやまやすひろ マイナビニュースの編集者からライターに転身。無節操な興味に従ってデジカメ、ケータイ、コンピュータセキュリティなどといったジャンルをつまみ食い。最近は決済に関する取材に力を入れる。軽くて小さいものにむやみに愛情を感じるタイプ。デジカメ、PC、スマートフォン……たいてい何か新しいものを欲しがっている。 この著者の記事一覧はこちら