2024年06月19日11時00分 / 提供:マイナビニュース
●ここ15作中11作11人がキャスティングだった
12日、NHKが2025年度後期の朝ドラの詳細を発表。その物語は、松江の没落士族の娘・小泉セツがモデルの『ばけばけ』で、脚本はふじきみつ彦が手がけるオリジナルだという。
物語と同等以上に注目を集めたのは、「主演の松野トキを誰が演じるのか」だが、今回は「オーディションでの決定」が発表された。朝ドラ主演のオーディションは、来春スタートの『あんぱん』今田美桜に続く久々の2作連続となる。
ちなみに、現在放送中の伊藤沙莉主演『虎に翼』と今秋放送の橋本環奈主演『おにぎり』はキャスティング。それ以前を見ていくと、趣里主演『ブギウギ』はオーディション、神木隆之介主演『らんまん』はキャスティング、福原遥主演『舞いあがれ!』はオーディション、黒島結菜主演『ちむどんどん』はキャスティング、『カムカムエヴリバディ』は上白石萌音と川栄李奈はオーディション、深津絵里はキャスティングで、清原果耶主演の『おかえりモネ』から、杉咲花主演『おちょやん』、窪田正孝主演『エール』、戸田恵梨香主演『スカーレット』、広瀬すず主演『なつぞら』、安藤サクラ主演『まんぷく』まで6作連続でキャスティングだった。
ここ15作中11作11人がキャスティング、5作6人がオーディション(『カムカムエヴリバディ』はトリプル主演)と約3分の2をキャスティングが占めているが、だからこそオーディション開催にはどんな狙いやメリットがあるのか。テレビ解説者の木村隆志が掘り下げていく。
○長年の朝ドラファンは知っている
もともと朝ドラの主演はオーディションでの選考がベースで、昭和時代から若手女優の登竜門となっていた。
しかし、放送時間が8時ちょうどになった2010年春の『ゲゲゲの女房』以降、それまで下がっていた視聴率が再浮上し、井上真央、堀北真希、吉高由里子らの人気女優を起用する機会が増加。さらに、SNSの浸透によって主演俳優へのプレッシャーが大きくなり、「実績のない俳優に重責を背負わせていいのか」という葛藤がNHKの制作サイドに生まれ、キャスティングが増えていったという背景がある。
もちろんキャスティングが増えた理由はそれだけではなく、「作品内容に合う俳優がいたから」というケースも多い。制作統括や脚本家が「この人にオファーしよう」と意見が一致したときはキャスティングが選ばれている。特に、前期の東京放送局制作ではこのような傾向が見られ、『あんぱん』の今田美桜は、『半分、青い。』の永野芽郁以来、7年ぶりのオーディションとなった。
ただそれでも、「民放各局のようなキャスティングばかり」にならず、オーディションを開催しているのは、制作サイドが「実績の少ない俳優を発掘できる」というNHKと朝ドラの強みや成功したときの爆発力を知っているからだろう。例えば、2013年の『あまちゃん』主演・能年玲奈(現・のん)のインパクトは強烈だったし、2015年の『あさが来た』主演・波瑠も民放連ドラ主演は未経験だった。
長年の朝ドラファンには、演技経験が全くない山口智子を『純ちゃんの応援歌』主演に起用したほか、『ひまわり』の主演に起用した松嶋菜々子も演技経験がほとんどなかったことを覚えている人も少なくない。新人ならではのフレッシュな演技や「日々の成長を娘のように見守っていく」という楽しさを知っているため、オーディションを望む声は根強く残っている。
全くの新人とまではいかなくても、民放で主演を重ね、CM出演も多い人気者ばかりではつまらない。決して冒険してほしいというわけではなく、「NHKと朝ドラならではの発掘力を見せてほしい」のではないか。
●事実上の長期オーディションか
あるNHKのスタッフに聞いた話では、「『朝にフィットする人材なのか』という見極めをオーディションで行う」などの意味合いもあるという。
すでにゴールデン・プライム帯のドラマやCMに起用されている俳優でも、朝は視聴者層やムードが異なる上に、「#反省会」を筆頭にSNSの追及が厳しい。「総合的に見て現在の朝ドラ主演として大丈夫なのかを確認する」という意味合いもあるのだろう。
さらに言えば、オーディションの場を「作り手と演者によるコミュニケーションの第一歩」と考え、今なお「大切にしたい」と考えるスタッフもいる。また、実際に会話を交わし、演じてもらうことで、演出家や脚本家が「演出・脚本のイメージを確認しておきたい」というニュアンスもあるようだ。
もう1つ触れておかなければいけないのは、「キャスティングのケースでも、実質的にオーディションの要素がある」こと。例えば清原果耶は、「『あさが来た』『精霊の守り人』『透明なゆりかご』『なつぞら』『蛍草 菜々の剣』などに連続起用すること自体が朝ドラヒロインのオーディション」という感があった。
つまり、「若手女優を継続的に起用して、任せられるタイミングになったら朝ドラ主演を託す」(逆に任せられなければ朝ドラ主演はなし)という長期的なオーディションを行っているように見えるのだ。
その意味で明確な意図が感じられるのは、「オーディションで、重圧の大きい主演は実績のある俳優を選び、そこまでではない助演はフレッシュな俳優を抜てきする」という形が定着しつつあること。主演のオーディションから助演も発掘しているのだが、「もし主演に選ばれず助演に留まったとしても、今後の朝ドラ主演に向けたオーディションは続行されている」と思ったほうがいいかもしれない。
最後に話を『ばけばけ』に戻すと、前作の『あんぱん』も、やなせたかしの妻・小松暢が主人公の物語で、“作家を支える妻”というコンセプトが続くことに気づかされる。明治・昭和と時代背景こそ違うが、2作目の『ばけばけ』は、より主演のフレッシュさが求められるかもしれない。だからこそオーディションが鍵を握っているように見える。
木村隆志 きむらたかし コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。雑誌やウェブに月30本のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』などの批評番組にも出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』など。 この著者の記事一覧はこちら