2024年06月02日14時55分 / 提供:マイナビニュース
●家族全員の覚悟が表れていた最期の時の映像
フジテレビのドキュメンタリー番組『ザ・ノンフィクション』(毎週日曜14:00~ ※関東ローカル)で2日に放送された『私のママが決めたこと~命と向き合った家族の記録~』(TVer・FODで配信中)。スイスでの安楽死を決断した母親とその家族に密着した番組だ。
取材したのは、フジテレビ入社8年目の山本将寛ディレクター。日本では認められていない制度で、議論すらタブー視される風潮にある“安楽死”というテーマに果敢に挑み、昨年制作した『最期を選ぶ ~安楽死のない国で 私たちは~』は国内外のメディアコンクールで受賞するなど、高い評価を得た。
今回のドキュメンタリーで描かれたのは、自分が最期を迎える日決めることで、家族や周囲の人々へのケアをできる限り尽くそうとした本人の思い。ここから、安楽死に関する賛否は別にして、最期の時をどう迎えたいかについて「話し合う」大切さを、山本Dは実感したという――。
○耐え難い苦痛…スイスでの安楽死を受け入れた家族
夫と2人の娘と暮らすマユミさん(44)は3年前、子宮頸がんが見つかった。抗がん剤治療などを尽くしてきたものの、がんは再発を繰り返し、脳など全身に転移。耐えがたい苦痛の中で、彼女は日本では合法化されていない“安楽死”をスイスで実行するという選択肢を考えた。スイスでは“安楽死”は合法で、外国人にも許されている。苦しんできた母の決断に対し、家族は戸惑いながらも受け入れた。
最期の日を前に、夫婦水入らずのスイス観光を楽しみ、翌日、いよいよその時がきた。ベッドの横には夫、そして、スマホにはテレビ電話でつないだ娘たちの顔も。番組では、その看取りの場面や、その後の家族の姿も追っている。
○何度も「大好きだよ」「ありがとう」と声をかける娘たち
マユミさんは致死薬の入った点滴のバルブを自ら開け、愛する家族に見守られながら穏やかに目を閉じ、最期の時を迎えた。山本Dのカメラは、マユミさん、傍らの夫・マコトさん、そして娘2人とビデオ通話でつながったスマートフォンを、ひとつのフレームに記録している。
「今回の番組は、もちろんマユミさんの決断というものを描いていますが、それは同時に家族の決断でもあると思ったんです。マユミさんには、自分の最期の姿を娘たちに見せることで大きなショックを与えてしまうんじゃないかという懸念があって、ずっと悩まれていたんですけど、前日の夜に電話で話し合って、娘たちが最期まで見送りたいということで、ビデオ通話をつなぐことにした。それは娘さんたちの覚悟でもあるので、付き添う夫のマコトさんと共に、家族全員の覚悟が表れている瞬間というあの映像になりました」(山本D、以下同)
最期の時を迎える母に、スマホ画面越しの娘たちが「大好きだよ」「ありがとう」と何度も言葉をかける姿が、胸に突き刺さる。この家族が、いかに普段から仲が良かったのかを表すシーンだった。
マユミさんが亡くなったのは午前中で、マコトさんは仕事の関係もあり、その日の夜の便で帰国。その前に、マユミさんが行きたかったというライン川沿いのカフェに立ち寄った。スイスに来てから、夫婦水入らずの観光をしたが、その際に行く予定だったものの、マユミさんが体調を崩して断念した場所だ。
同行していた山本Dは「当たり前ですが、あの日はマコトさんが受け止めきれていなかった印象があります。“これで良かったんだよな…”、“さっきまで元気だったのにな…”と、独り言のようにずっと言っていて。やっぱり最後までいろんな葛藤があったでしょうけれど、それは当事者にしか分からないことだと思います」と振り返る。
●“お母さんをいつも感じられる”生活ができている
今回のドキュメンタリーで驚かされるのは、マユミさんが亡くなった後で随所に感じられる、彼女の周到な準備。スイスから遺灰が届き、1週間後の最初の月命日に「お別れの会」が行われたが、この短期間で迅速に営むことができたのは、マユミさんが生前、連絡をしてほしい人のリストを作成し、最期の日の前夜に書いた手紙をスイスから送っていたからだ。
この「お別れの会」を取材して、改めてマユミさんの愛される人柄を感じたという。
「ママ友からも信頼されていますし、18歳の長女の幼稚園時代からずっと密に関係を築いていました。会社の方も“本当に仕事ができる方だった”と話していて、皆さんショックを受けていました。実は“安楽死”という彼女の選択を事前に知っていた方はかなり少なくて、参列者の皆さんはいろんなことを考えたと思うんですけど、最後にはマユミさんの決断を受け入れてみんなで楽しく話せたのは、いろんなことを自分で決めてきて信頼されてきたからこそだ思いました」
娘たちには、人生の様々な節目における手紙を、事前に書いていた。そうした準備のおかげで、亡くなった後も、“お母さんをいつも感じられる”生活を送っていけるように、山本Dは感じるという。
「お母さんがスイスで買ってくれたお土産が部屋に飾ってあったり、4人の食卓のテーブルのお母さんの席はいつもそこにあるし、愛猫の“ひじき”と“おかか”にお母さんが乗り移って見守っているという話をしていて、“お母さん、めっちゃエサ食べてる!”みたいなことを言ってたりして(笑)。もちろん、お母さんが亡くなったというのは彼女たちにとって大きな出来事ですが、いろんなところでお母さんを感じながら生活できているという印象があります」
○家族から絶大な信頼を得ていたマユミさん
準備周到なマユミさんの人柄を表す話として、初めて会った日が山本Dの誕生日だったことから、サプライズでケーキを用意してお祝いしてくれたというエピソードもある。
やり取りしていたLINEのプロフィールに記載されていた誕生日をチェックし、山本Dのインタビュー記事のプロフィールから生まれの年を知ったようで、「僕もいろんな取材をしてきましたが、こんなことはもちろん初めてでした。そういう人だからこそ、あのお別れの会ができて、家族の皆さんも明るく生活していけるんだろうと思いますね」と改めて実感した。
そもそも、妻・母が自身の命を終えようとする様子を、カメラが撮影するということは、家族にとって受け入れにくいことだと想像できる。それでも、今回の取材が実現したのは、「マユミさんが家族から絶大な信頼を得ていて、“お母さんが取材を受けると決めたから、それを尊重しよう”という家族みんなの思いがあるんです」といい、「亡くなった後も私の取材を受け入れてくれるのは、マユミさんが本当に家族からリスペクトされていた表れだなと思います」と噛みしめた。
先日、マユミさんのお墓が完成し、墓参りをしたという山本D。「一つの命がなくなるところに立ち会った事実は、自分の人生の中でも強く印象に残ることだったので、取材して終わりということではなく、一人の人間として、そしてマユミさんに対する敬意としても、引き続きご家族とお付き合いできればと思っています」と語っている。
●家族の中だけで悩み続けない周囲との関係性
昨年10月放送の『最期を選ぶ ~安楽死のない国で 私たちは~』に続き、山本Dが安楽死をテーマにしたドキュメンタリーを制作するのは2作品目。今回の番組制作を通して新たに感じたことは何か。
「マユミさん一家は家族で闘病のことも含めてちゃんと話し合えていたし、何よりマユミさんが家族への思いやりを持って最期を選ばれたからこそ、家族が新しい形での生活をスタートできているというのをすごく感じるんです。一般的に、家族が突然亡くなってしまうことはあるし、自分の命がいつまでなのか分からないと思うのですが、マユミさんはそこに向けて準備をし、家族はその思いを何とか理解しようと努力してその日に向かっていきました。
マユミさんのお別れの会であった印象的な会話で、ママ友の方が娘さんたちに“何でも困ったことがあったら言ってね”と話していたんです。それによって、家族の中だけで悩み続けなくて良くなったし、お母さんの選択を周囲に隠す必要がない関係も築けているんですね。以前取材をした方々は、本当に孤独に闘っていて、思い詰めている感じがあったのですが、今回のご家族にはそれを感じなかったので、改めて最期のことについて“話し合う”ことがいかに大事なのかを考えさせられました」
また、家族で安楽死に向き合うという姿を通して、「マユミさん一家の中にいろんな立場や性格の方がいるので、自分だったらどう受け止めるだろうと思いを巡らせながら見てもらえるといいですし、これを機にどんなことでもいいので、家族で大事なことについて話してもらえたらうれしいです」と呼びかけた。
○安楽死というテーマを伝え続ける使命感
安楽死を扱うドキュメンタリー制作について、「中途半端にやめられるテーマではないので、番組になるか否かは別にして、自分自身として今後も向き合っていきたいと思います」という山本D。「今までタブー視されてきたテーマである分、取り上げるのが難しいのは間違いないです。今回の番組を放送するにあたっても、たくさんの課題がありましたが、我々メディアや政治が目を向けていくべきテーマだと考えています」と気を引き締める。
近年、SNS上で「#国は安楽死を認めてください」というハッシュタグがトレンドに浮上することもあるが、「その中には極端な考えの方もいて、“安楽死を認めたら誰でも死ねる”と思ってしまう人すらいるんです」とした上で、「だからこそ、本当に悩み抜きながら安楽死を切望する人はどのような方たちなのかということは知ったほうがいいと思うんです」と、このテーマを伝え続ける使命感を語った。
今回の『ザ・ノンフィクション』は、1つの家族の事例を取り上げているが、BSフジでは安楽死をめぐる多くの事象を取材した2時間版の番組が、6月23日(12:00~)に放送予定となっている。
●山本将寛1993年生まれ、埼玉県出身。上智大学卒業後、2017年フジテレビジョンに入社し、ディレクターとして『直撃LIVE グッディ!』『バイキング』『めざましテレビ』『Mr.サンデー』を担当。「FNSドキュメンタリー大賞」で『禍のなかのエール~先生たちの緊急事態宣言~』(20年)、『最期を選ぶ ~安楽死のない国で 私たちは~』(23年)』を制作し、『最期を選ぶ』では、「FNSドキュメンタリー大賞」で優秀賞、フランス・パリで開催された日本ドキュメンタリー映像祭「Un petit air du Japon2024」でエクランドール賞(最優秀賞)、国際メディアコンクール「ニューヨーク・フェスティバル2024」でドキュメンタリー・Human Rights(人権)部門の銅賞を受賞した。また、『エモろん ~この論文、エモくない!?~』『オケカゼ~桶屋が儲かったのはその風が吹いたからだ~』といったバラエティ番組も手がける。
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