2023年11月29日06時37分 / 提供:マイナビニュース
●レオナール・フジタの描く「白」に新たな発見
国立情報学研究所(NII)とポーラ美術館の両者は11月27日、藤田嗣治(レオナール・フジタ)の絵画『ベッドの上の裸婦と犬』(1921年、ポーラ美術館蔵)に、異なる発光色(蛍光)を持つ白い顔料を発見したことを発表。フジタが1920年代当時の芸術鑑賞のスタイルである紫外線が含まれる自然光の下において、複数の白色顔料の蛍光発光を用いて肌質感を再現しようとしていたことが考えられると共同で報告した。
同成果は、NII、ポーラ美術館、東京藝術大学、東京大学、京都大学、三木学氏らの共同研究チームによるもの。今回の研究の内容については、12月13日よりポーラ美術館において実作品(フジタの師匠の師匠にあたるラファエル・コランの作品を除く)と共に紹介される予定だ。
フジタは、1920年代に「乳白色の肌」「乳白色の下地」と称された肌質感を再現するような独特の技法を使用していたことで知られる、世界で最も知られる日本人画家の1人だ。しかし従来の研究では、その物質的な組成しかわかっておらず、たとえばベビーパウダーに含まれるタルクを使用し、油分による表面の光沢をとって滑らかな面を作ると同時に、水性の墨が弾かないように工夫していたことが、2008年に東京藝術大学などから報告されている。
またその際、特徴的な乳白色はシルバーホワイト(鉛白)とカルシウム化合物を乾性油とともに混ぜることによって作られていることも明らかにされた。しかし、フジタの作ったマチエール(絵肌)が、通常は油絵に使用されない非常に繊細な素材を用いてつくられ、1920年代の多くの絵画は、早い段階で修復される場合が多く、修復に際して画面保護用のニスが施され、フジタの意図していた肌質感の再現がどのようなものなのか不明な点が多くあったとする。そこで今回の研究では、1921年という早い時期に制作され、修復やニスの塗布が行われていない『ベッドの上の裸婦と犬』を対象に、光学特性から研究を進めたという。
研究ではまず『ベッドの上の裸婦と犬』に紫外線を当てたとのこと。すると背景のシーツ部分がやや緑に、肌部分が青白く、唇や手足の爪、肘、乳首などが赤く蛍光発光していることが確認されたとする。中でもシーツの部分と肌の部分は、完全に領域が分割されていると同時に、肌部分には生々しい赤がポイントで入っているため、紫外線によって蛍光発光する顔料を意図的に使用していると研究チームは推測。そして、紫外線を含む自然光のもとで蛍光発光するという光学的な効果によって、肌質感を再現しようとしていたことが考えられるとした。
しかしフジタのほとんどの作品は修復されている上、戦後の美術館は劣化しないように紫外線をカットしているため、フジタが顔料を使い分けていた意図が伝わらなくなっていた可能性が高いといえるとする。1920年代当時「グラン・フォン・ブラン(素晴らしき白)」と称されたフジタの絵画だが、今回の発見は、修復と鑑賞環境の変化により、それらの絵画がまったく違ったイメージになっていた可能性を示唆するものとする。
次に、2011年の組成分析によって報告されたフジタが使用していた白い顔料である、炭酸カルシウム、タルク、硫酸バリウムの蛍光成分が調査された。その結果、炭酸カルシウムは青緑、タルクは緑、硫酸バリウムは赤の蛍光発光が見られたという。実際に紫外線を当てた『ベッドの上の裸婦と犬』の肌の色には青い蛍光発光が見られるが、炭酸カルシウムがいったい何の顔料であるかは不明だという。そこで、同じく炭酸カルシウムを主成分とする胡粉の蛍光成分を調査すると青い蛍光発光が見られたことから、フジタは墨だけではなく、肌の白に胡粉という日本画の顔料を使用している可能性が浮上してきたとする。フジタが墨を使っていたことから考えると、胡粉の使用も不思議ではないが、このことは今まで考えられていた以上に、日本画の画材を西洋画に取り入れたことが示唆されていると考察している。
また、フジタがそれらの蛍光成分の異なる顔料をどのような意図で描き分けたのかを調べるために、蛍光発光が目立つ顔部分や足部分の蛍光発光の成分分離が行われた。その結果、肌に多く含まれる赤・青色成分が抽出されたといい、足部分での解析では、顔部分よりも顕著な赤と青の使い分けがなされており、指の腹や足裏などの膨らみのある箇所には赤色成分を持つ画材が使用されていることが判明した。
さらに研究チームは、フジタが実際の人間の肌の構造的、光学的な再現を意図していたと考察。足部分に関して人の肌の持つ光学特性である肌表面反射と肌内部散乱成分を観測する技術を用いて、絵画から抽出された成分との比較を行った。すると、波長の違いによる肌内部への透過具合の違い(赤い波長の方が透過する)にも起因して、肌表面の光は、硬い印象があり、肌内部の光は赤みを帯びていて柔らかい印象があることが明らかにされた。研究チームはこの結果について、フジタの絵画において赤成分が膨らみのある箇所に使われていることと似ており、フジタが実際の肌に近い光学特性を再現していたと考察することができるとしている。
●同時代を生きた師などの画家についても比較調査
続いて、同時代の画家が蛍光発光を意図的に使用しているかどうかを調査。ルノワール『レースの帽子の少女』(1891年)、フジタの師にあたる黒田清輝『野辺』(1907年)、黒田の師にあたるコラン『眠り』(1892年)を調べ、師からの技術的な継承があるかどうかも含めて調査が行われた。
結果として、ルノワールについては「蛍光成分のある白が帽子や肌のハイライトに分布しているが、肌内部の散乱などは意識されていない」、黒田は「耳などには蛍光成分が見られるが、各成分の空間配置を確認するとあまり意図的に描いてはいない」、コランは「耳、唇、鼻、頬など、赤の肌内部の散乱が空間配置を考慮して描かれているように見える」と判断することができたとする。このことから、コランが意図的に使用したと考える蛍光成分を持つ1つの顔料を発展させて、複数種類の蛍光発光を持つ顔料による肌質感を描き分ける表現は、フジタ特有のものであると結論づけられたとしている。
今回の調査結果から、研究チームは以下の点がわかってきたとした。
フジタは、異なる蛍光発光をする白を使い分けていた
肌と背景の白の表現は異なっており、「乳白色の肌」と「乳白色の下地」は異なる
異なる蛍光発光の白の使用は、肌の表面反射と内部の散乱を描きわけるためであり、肌の構造ではなく肌の光学特性を真似ていた可能性が示唆された
20世紀後半以降、「乳白色の肌」の本来の質感を見る機会は極めて少なかったと考えられる。
今回の研究成果は、彼の作品の評価を左右する発見といえるといい、もしフジタが描いたころの状態で自然光の下で鑑賞していたならば、人間の肌と同じような色つやの良い生々しい絵肌(マチエール)が見られたことだろうとする。
また今回の周辺調査で判明した、絵画を蛍光発光する白色顔料を使ってまるで液晶モニターのように発光させる方法は、印象派のモネの絵画やそれ以降の一部の画家たちの絵画に前例がみられたものの、それらは原則的にハイライトに使用する場合に限られていた。そうした面から、複数の白色顔料の蛍光発光を操った画家として、研究チームはフジタを再評価することができるのではないかと報告した。