2023年10月25日06時00分 / 提供:マイナビニュース
●最初の衣装合わせは市販のコスプレ衣装で
俳優の向井理が、中国三国時代の名軍師・諸葛孔明を演じるフジテレビ系ドラマ『パリピ孔明』(毎週水曜22:00~)。“諸葛巾”と呼ばれる頭巾に、グラデーションが鮮やかな着物をまとった姿は、転生先である現代の渋谷という舞台において強烈なインパクトを放っている。
この衣装を手がけたのは、『タイムスクープハンター』『シリーズ江戸川乱歩短編集』(NHK)、『ごめんね青春!』『カルテット』(TBS)、『ブラッシュアップライフ』(日本テレビ)、『First Love 初恋』(Netflix)などのドラマ・映画を担当してきたBabymix氏。孔明をはじめ、個性あふれるキャラクターたちを生み出したスタイリングには、どんなこだわりがあるのか。『First Love 初恋』に続いてタッグを組み、同氏に絶大な信頼を寄せる八尾香澄プロデューサーとともに話を聞いた――。
○■クランクインの半年前からリサーチ開始
「『パリピ孔明』という原作を好きなファンもたくさんいらっしゃるし、諸葛孔明が好きな人も多いだろうし、まず孔明をしっかり作れば、この作品はいけるんじゃないか」(Babymix氏)という意識で、衣装に強くこだわった今作。それだけに、衣装製作にあたってのリサーチは、クランクインの半年前から動き出した。
資料探しから始まり、中国時代劇の経験のある海外の衣装会社なども調べたが、ドラマごとに作られるケースがほとんどで、衣装を保管する習慣がないため、現物を調達することができず、「中国の生地やいろんなパーツは、なかなか日本で入手できないので、現実的な問題が結構ありました」(Babymix)と振り返る。
そのため、クランクインの1カ月半前、最初に行われた衣装合わせでは、「まずは市販の諸葛孔明のコスプレ衣装を買って、漢服をどうアレンジしていくのが良いか、いろいろ重ね着したりしながら、アレンジの方向性を考えました」(八尾氏)という段階だったという。
全体の色味は、原作漫画と同じグリーンがベースになっているが、「最初に色を決めちゃって良い生地が見つからないと厳しくなってしまうので、まずは生地をリサーチするんです。そこでグリーン系にいいのがありました」(Babymix氏)と選定。
演出の渋江修平氏のリクエストで使用感を出すために“汚し”を加えたり、計略を練っているときに頭から煙を出すというアイデアが出ればその装置を組み込んで頭巾に穴を開けたり、夏の撮影に向けて通気性を良くして軽量化したりと試作を重ね、製作には1カ月以上の期間を要した。
○■向井理を“物理的に大きくする”
その中でも特にこだわった点を聞くと、「着物の襟や裾にグラデーションを使っています。これによって画に“奥行き”が出たらいいなと思って、全部染めて作りました」(Babymix氏)。また、孔明の存在感を出すために行ったのが、“物理的に大きくする”ということだった。
「英子(上白石萌歌)や他のキャラクターと並んだときに圧倒的な存在感を放つための記号として、孔明のサイズ感を大きくしたいというのがBabyさんの発明です。肩パットを4枚ぐらい入れたり、肩幅以外にもいろいろと着込んだり、袖もかなり長く作ったりしてボリュームを出すことで、元の向井さんよりも大きくなっています。靴も高くしていますし、諸葛巾を通常のものよりかなり大きく作っているのもその狙いです。頭巾だけ大きくして、向井さんの体型にぴったりの漢服を着ると、頭巾だけが浮いちゃうのですが、俳優にそのまま着せるのではなくて、体型から作り込むというところにBabyさんのこだわりがあります」(八尾氏)
それができるのは、向井理だからこそというのもあるそうで、「向井さんは何を着ても着こなしちゃうので、逆に何でもやれるというのがありました。だから、大きくするというのも正解でした」(Babymix氏)と、見事にマッチングした。
●製作費は「普通」も労力は3~4倍
孔明と同様に、劉備(ディーン・フジオカ)、関羽(本間朋晃)、張飛(真壁刀義)という三国志の登場人物たちの衣装製作にも骨を折ったそう。一番苦戦したというのが、鎧だった。
「孔明と同じように、劉備たちも布を3層4層と重ねて漢服はできたのですが、次に悩んだのが劉備の鎧です。いちから作る予算はないし、台本上、鎧を着ているシーンをゼロにはできない。そんなとき、Babyさんが京劇の衣装を見つけて『これを改造したら鎧になるんじゃないか』とおっしゃるんです。実際には柔らかい素材なので最初は『何言ってるんだろう?』と思ったんですけど(笑)、画面のフィルターを通して見ると、ちゃんと鎧に見えるんですよね」(八尾氏)
「京劇の鎧は劉備の袖にフリンジが付いてるんですけど、ここにフリンジが付いてるんだったらもう何でもありだなと思って(笑)、陸遜(市瀬秀和)の鎧にはスタッズを付けたり、“三国志をよりアートにしてこう”という考えになり、リアリティを求めた再現にはならないようにしました」(Babymix氏)
こだわって作り上げた衣装だけに、その製作費は相当かけているのではないかと想像するが、Babymix氏は「普通だと思います」と断言。「材料の費用というより、手間暇ですね。グラデーションに染めること1つとってもなかなか難しくて、1着あたりのスタッフの労力というのは通常の衣装の3~4倍はかかりました」といい、まさに職人の腕によってあのゴージャス感が生み出されている。
「孔明の衣装は、裾の部分に本物のクジャクの羽根を一つ一つ手縫いで取り付けていたり、画面では分からないところにもこだわりがあるんです。衣装の展示会の話もあるようなので、ぜひそこは見ていただきたいですね」(Babymix氏)とアピールした。
○■個性的すぎる衣装に役者たちが躊躇
こだわっているのは、もちろん孔明ら三国志の登場人物たちだけではない。どれも一癖も二癖もあるキャラクターだけに、衣装はそれに負けない強烈な個性を放つものになった。
Babymix氏は「英子とKABE(太人=宮世琉弥)の2人以外は、見ている人が“キャラが濃い人物が出てたな”と思ってもらえればいいと思ったんです。そしてこのドラマはアーティストが出てくるので“アート”にしようと。常々、一番身近なアートはファッションだと思っているのですが、突き詰めていくと人そのものがアートなんではないかとも思っています。ミュージシャンはアーティストと呼ばれることもあるわけで、ミュージシャンやキャラクターたちがアートそのものであるよう見えたらいいな、という思いで作りました」と狙いを明かす。
ただ、あまりに個性的な衣装に、さすがの役者たちも躊躇(ちゅうちょ)する場面があったそう。
「例えば小林役の森山未來さんは、シャツもネクタイも靴まで全身ヒョウ柄の衣装が用意されているのを見て、最初は『小林ってもっと普通の人だよね…』と議論になったりもしました (笑)。それでも、こちらの意図を説明して、最終的に靴下以外全部ヒョウ柄に決まりました」(八尾氏)
「前園ケイジ(関口メンディー)の短パンは、本人がフィッティングルームで『この短さをはくの!?』と驚いてました(笑)。そこで『とりあえずはいてみて、嫌だったら違うのでいいから』と言って、フィッティングルームを出たらみんなが絶賛で、本人も乗っかってくれましたね」(Babymix氏)
一方で、英子とKABEの2人は、どのように決めたのか。
「KABEくんは決めるのに時間がかかりましたね。周りの人たちがすごく個性が強い衣装に決まっていく中で、KABEくんは最初の衣装合わせでは“ちょっと個性が無さすぎる”と思い、悩みました。他の人たちは衣装合わせで、このキャラクターはこうだと、輪郭がはっきり見える手応えがあったのですが、最初のKABEくんの衣装だとそれが見えなくて。何度かやり直しをさせてもらって、今の形が見えたときに“あっ、これです!”と、すごくしっくりいった感じがありました」(八尾氏)
「英子ちゃんを演じる上白石萌歌さんというのが、僕は現場であんなにピュアで良い子を見たことがなかったので、このさわやかな感じを生かしたいと思ったんです。だから、結果的に一番本人らしい感じ、私服に近い見え方にできないかと考えました。原作とは違うかもしれないけど、こっちがいろいろやっちゃうと彼女の良さが死んでしまうと思って、僕の持っている上白石さんの印象がそのままテレビの向こう側に伝わってほしいなという思いがすごくありました」(Babymix氏)
●従来のドラマにない“一人一衣装”の手法
従来のドラマではあまり見られない試みが、“一人一衣装”という手法だ。
「例えばマーベルで言うと、スパイダーマンにはスパイダーマンの衣装があるように、“このキャラクターと言えばこれ!”という一番ベストなものを用意するというやり方が今回は合うんじゃないかというアイデアがBabyさんから出てきて、それは面白いと思って乗っかりました。その中で英子だけは日替わりしていくことで、ヒロインが変化していくというのを見せているんです」(八尾氏)
「最近のドラマは、“ちゃんと着替えよう”という意識が多いと思うので、新しい試みでしたね。だから、着替えということで言うとエキストラさんのほうが大変で(笑)。自分が映る・映らない関係なく素晴らしく協力していただけて、本当に助けられました。撮影現場では、僕はエキストラの衣装担当に徹していてエキストラの人たちとすごくコミュニケーションを取っていたので、ぜひ注目して見てほしいです」(Babymix氏)
観客が入れ替わるライブのシーンでは、同じエキストラが同じ服装で見ていると違和感が生じるため、その都度着替える必要がある。さらに、Babymix氏が観客役のエキストラの中に入り、帽子のかぶり方や、サングラスなどのアイテムを使って、次から次へと観客のバリエーションを作る作業を行っていた。
八尾氏は「普段の感覚でいうと、メインのスタイリストさんには例えば『主人公とヒロインの衣装をお願いします』という頼み方をするんですが、Babyさんは『First Love 初恋』のときもそうだったんですけど、エキストラも含めて全部やりたいと言うんです。むしろエキストラをやりたいんだって(笑)。プロデューサーとしてはついお金の勘定をしちゃうんですけど、そういうことじゃないんだと思って、結果的に全部やってもらいました」と、熱い思いを受け取ったという。
○■ビジネスのスタンスがあまりなかった現場
八尾氏とBabymix氏が初めてタッグを組んだのは、『First Love 初恋』(22年)。『パリピ孔明』の企画当初、八尾氏は「一番難しいのは孔明の衣装だと思ったんです。同時に漫画原作の難しさの一つに、絵で魅力的に見えている人物を生身の人間が演じる上でどう説得力を持たせられるか、だと思っていて。その上で衣装はとても重要だと考えていました。『First Love 初恋』は日常的な作品ではあるんですけど、Babyさんにしか出せないキャラクターの広げ方があって。スパイスのような個性がどのキャラクターにも入っているところが好きでした。俳優と一緒になってキャラクターを作っていく姿を見て、この作品をやる上で、これ以上最適な人はいないだろうと思ってオファーしました」と、全幅の信頼を寄せて声をかけた。
それを受けたBabymix氏は「独自のワールドを持っている八尾さんと渋江さんの作品なので、ぜひ参加させていただきたいと思いました。また、渋江さんは僕が八尾さんに紹介したのですが、そこからすぐに一緒に作品をやるというのを決めた速さがうれしくて、これは予算や中身がどうこうよりも“僕が参加しないと絶対ダメだ”と一方的に思って。だから、オファーを受けたというより、僕からの押し売りみたいな感じですね(笑)」と、志願したそうだ。
Babymix氏は、その背景に「演出の渋江さんは、僕の周りがとにかく“才能がある人”と言っている方で、この人が世に出る最初のメジャーな作品を、コケさせるわけには絶対にいかない」という使命感があったとも明かした上で、「渋江さんと八尾さんのコミュニケーションが素晴らしかったし、ビジネスのスタンスというのが僕に限らずあまりなかったんじゃないかなと思います。役者さんも含めて、素晴らしい現場でした」と充実の仕事を振り返った。