2023年09月02日11時36分 / 提供:マイナビニュース
今回のお題は、フェーズド・アレイ・レーダー。主として対空用の多機能レーダーとして用いられているが、そうなると視界を広くとるために、「周囲に邪魔者がない」「できるだけ高い位置」に設置したい。ところが、回転式アンテナを使用する一般的なレーダーと比較すると、アンテナの構造が複雑で、大きく重い。その関係で、闇雲に設置位置を高くすると艦の重心を高くしてしまう。しかも場所をとる。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
2種類の米イージス艦
現在、「多機能フェーズド・アレイ・レーダーを装備する艦」の代名詞といえば、やはり米海軍のイージス艦であろう。これより前にもフェーズド・アレイ・レーダーを装備した艦はあったが。
そして米海軍のイージス艦には、艦隊の防空中枢艦と位置付けられるタイコンデロガ級巡洋艦と、艦隊のワークホースとして数を揃えることも重視したアーレイ・バーク級駆逐艦がある。
タイコンデロガ級
まず、タイコンデロガ級。このクラスはスプルーアンス級駆逐艦の船体・機関を活用して、イージス戦闘システムを載せる形で作られた。レーダーは、初期建造艦がAN/SPY-1A、その後、AN/SPY-1B、AN/SPY-1B(V)と変化しているが、艦の基本的な外見はそれほど変わっていない。
このクラスで面白いのは、アンテナ・アレイが点対称配置になっているところ。艦橋構造物の艦首側と右舷側、後方・ヘリ格納庫の上に設けられた構造物の左舷側と艦尾側に、それぞれ1面ずつのアレイを取り付けて全周をカバーしている。
スプルーアンス級の、サンマのようにスマートな船体の上に「四角い大箱」を載せてアンテナ・アレイを取り付けたので、登場したときには「なんて不細工なフネを造ったんだ」といって、文句をいう人がけっこういた。今ではすっかりなじみの形になってしまったが。
アーレイ・バーク級
それに対してアーレイ・バーク級の方は、船体から新規設計。そして、艦橋構造物の四隅を斜めに落として、そこにアンテナ・アレイを取り付けている。前後左右ではなく、それぞれ斜め方向を向いているが、4面で全周をカバーしているところは同じ。そして後方のレーダー視界を妨げないように、煙突は中心線上にまとめて、かつ側面を傾斜させている。
この両クラスを指して「ゼロからイージス艦として新規設計されたアーレイ・バーク級は、アンテナ・アレイを合理的に配置した」と評されることがある。それは確かにそうだが、それだけの理由ともいいきれない。
パッシブ・フェーズド・アレイの制約
まだエレクトロニクス技術の進化が進んでいない1970年代に開発したシステムだから仕方ないが、AN/SPY-1シリーズはパッシブ・フェーズド・アレイ型である。つまり、アンテナ・アレイの裏には別途、送信管があり、それの出力を枝分かれされて移相器(フェーズ・シフター)に入れる。その移相器からの出力が、最終的にアンテナ・アレイを構成する個々のアンテナに行き着く。
使用している送信管は、交差電力増幅管(CFA : Crossed-Field Amplifier)。AN/SPY-1AとAN/SPY-1Bは、ワンセットのCFAを2面で共用している。だから、艦首側の2面と艦尾側の2面はそれぞれ近接しており、艦首向きのアンテナ・アレイは中心線よりも右舷側に、艦尾向きのアレイはと艦尾向きのアンテナ・アレイは中心線よりも左舷側に寄っている。
ところが、アーレイ・バーク級のAN/SPY-1Dは、ワンセットのCFAを4面で共用している。ということは、必然的に4面のアンテナ・アレイを集約しなければならない。タイコンデロガ級のようにアンテナ・アレイを前後に振り分けたら、どちらか2面はCFAからのリーチが成立しない。
その後、海上自衛隊のこんごう級、あたご級、まや級。韓国海軍の世宗大王級と、アーレイ・バーク級と似た配置をとるイージス艦が出現した。もちろん、アーレイ・バーク級をタイプシップにしたからという事情もあろう。
しかしそもそも、AN/SPY-1Dレーダーを機能させるためにはアンテナ・アレイ4面を集中配置しなければならない、という事情があるから、そんなガラッと変えるのは難しいし、開発リスクも増える。
アーレイ・バーク級と異なる外見を持つイージス艦として、スペイン海軍のアルバロ・デ・バザン級と、同級をタイプシップとするオーストラリア海軍のホバート級がある。とはいえこちらも、レーダーは同じAN/SPY-1D系列であり、4面のアンテナ・アレイをひとつの構造物の周囲にまとめているところは変わらない。
その他のイージス艦として、ノルウェー海軍のフリチョフ・ナンセン級がある。同級は小型軽量廉価版のAN/SPY-1Fレーダーを使用しているが、ワンセットのCFAを4面で共用するのは同じだから、ひとつの構造物の周囲に4面をまとめている。
アクティブ・フェーズド・アレイならアンテナ・アレイに送受信モジュールが組み込まれているので、配置の自由度が増す。実際、AN/SPY-6(V)シリーズでもAN/SPY-7(V)シリーズでも、配置形態はさまざまだ。
著者プロフィール
○井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第2弾『F-35とステルス技術』が刊行された。