2023年08月23日17時42分 / 提供:マイナビニュース
●本州中部に生息するクマを対象に調査を実施
東京農工大学(農工大)と東京農業大学(東農大)の両者は8月22日、日本の本州中部に生息するツキノワグマ(以下「クマ」)個体群の繁殖と死亡に関する情報のうち、初めて5つの情報(初育児成功年齢、育児成功間隔、自然死亡率、人為死亡率、0歳の子の死亡率)を定量的に明らかにしたことを発表した。
同成果は、農工大大学院 連合農学研究科の栃木香帆子大学院生、農工大大学院 グローバルイノベーション研究院の小池伸介教授(農工大 農学部付属野生動物管理教育センター兼任)、ノルウェー・ノード大学のSam Steyaert准教授(農工大大学院 グローバルイノベーション研究院 特任准教授兼任)、国立環境研究所の深澤圭太主任研究員、長野県 環境保全研究所の黒江美紗子研究員、群馬県立自然史博物館の姉崎智子主幹(学芸員)、東農大 地域環境科学部森林総合科学科の山﨑晃司教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、日本哺乳類学会が刊行する哺乳類に関する全般を扱う欧文学術誌「Mammal Study」に掲載された。
近年、日本の各地でクマの市街地への出没が増加し、人間社会との軋轢が問題になっている。クマの保全や管理の方針を決めていく上で、動物が生まれてから死ぬまでのさまざまなライフイベントを定量的に示す数値である「生活史パラメータ」の個体群レベルでの取得が必要不可欠だと考えられている。
しかし、クマの多くは本来森林に生息するため、直接観察することが難しく、繁殖に関する情報については断片的な報告があるのみだという。またクマは寿命が長く、特に死亡に関する情報を把握するには長い時間を要する。そのため、これまでクマの個体群単位の生活史パラメータについては解明されていなかった。
そこで研究チームは今回、日本の本州中部に生息するクマの越後・三国個体群に着目し、生活史パラメータを明らかにしたという。具体的には、5つの繁殖情報(初育児成功年齢、育児成功間隔、産子数、出産できる最低年齢と最高年齢)と、3つの死亡情報(自然死亡率、人為死亡率、0歳の子の死亡率)の推定が行われた。
●出産・死亡に関する情報を定量的に推定
まず出産に関しては、2005年~2019年にかけて、群馬県・栃木県・長野県において有害駆除などで捕殺され、各県の試験研究機関で回収されたメスのクマの歯(132個体)と子宮(88個体)が標本として用いられた。歯の年輪幅から、各個体が生まれてから死ぬまでの間に育児に成功した年齢を推定し、その間隔が測定された。また、子宮の胎盤痕から、一度に出産した子の数(産子数)を推定すると同時に、胎盤痕が確認された個体の年齢から出産した最低年齢と最高年齢が求められた。
これらの解析の結果、初めて育児に成功した年齢は平均5.44歳で、多くの個体が性成熟すると考えられている4歳と近い数値を示しており、性成熟後間もなく子を産んだ母親でも育児に成功する確率が高いことを意味しているとする。そして、一般的に母親と子が一緒にいる期間は1.5年とされる中、育児が成功する年の間隔はそれよりも長い2.38年と推定された。つまり母親は子別れしても、すぐに次の繁殖に成功するとは限らない可能性があるとしている。
また、出産1回当たりの産子数は1.58頭で、他地域での先行研究と近い値を示し、1回で1頭~2頭を出産していることが明らかにされた。出産は2歳~20歳の間で確認されたといい、先行研究では2歳で性成熟する個体も希少だが確認されている一方、18歳で子を連れていた個体の観察例もあることから、今回の結果は先行研究とも矛盾していないとする。
次に死亡情報に関して、群馬県と栃木県にまたがる足尾・日光山地で実施されている長期研究プロジェクトにおいて、2003年~2021年にかけて研究目的で学術捕獲されたメスの情報(1歳~21歳の43個体)が用いられた。具体的には、捕獲記録や死亡記録から年間の自然死亡率と人為死亡率が求められた。さらに、子が産まれてからの半年間は、オスによる子殺しによる死亡リスクが高いことを考慮し、観察情報などをもとに、別途生後半年間の死亡率の推定も行われた。
解析の結果、自然死亡率は10.8%、人為死亡率は0.5%と推定され、生後半年までの死亡率は23.5%だったとのこと。この結果より、生後半年間は死亡リスクが高いことが数値的にも確かめられた。また、人為死亡率が著しく低かった理由としては、今回の調査地の大部分が山間部であり、人間とクマとの間の軋轢が小さいことを反映した結果であることが考えられるとする。
なお今回の研究では、人為死亡率については日本の多くの地域の状況を反映していない可能性があるとのことだ。たとえば、今回の歯の標本は駆除で捕殺された個体由来であるため、クマが一生のうちでどのくらい子を産むのか、自然寿命はいつか、といった情報については解明できなかったとした。また、日本のクマの生息地の大部分では、人間活動との軋轢により多くのクマが駆除されているため、それらの地域での人為死亡率は、今回の結果よりも大幅に高い可能性があるとしている。