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衛星データで大雨被害を解析してみる(1) Sentinel-1画像での浸水マッピング

2023年07月25日17時47分 / 提供:マイナビニュース

●無償公開の衛星データで浸水状況を解析してみよう
大雨被害が続く近年、日本では毎年のように川の氾濫や浸水被害に対応しなくてはならない。災害時の緊急の対応、また災害後の将来に向けた都市計画などで必要になるのは、その検討の土台となるデータだ。このデータ作りは行政の仕事と思われがちだが、ハザードマップのない河川の氾濫リスクなどを考えれば、民間でもできることをする、データを共有するといった取り組みが必要だろう。できるだけコストをかけたくなければ、無償公開の衛星データと無料ツールを使って、大雨で浸水したエリアを個人でも調査することができる。今回は、その手法を解説する。

悪天候や夜間に強い「合成開口レーダー(SAR)」衛星

合成開口レーダー(SAR)とは、衛星からレーダー(マイクロ波)を照射して、その反射をアンテナで捉えて地表を観測する地球観測衛星の一種だ。日本では宇宙航空研究開発機構(JAXA)の「だいち2号(ALOS-2)」やQPS研究所の「QPS-SAR」、Synspectiveの「StriX」、NECの「ASNARO-2」などが運用中である。

地球観測衛星には、写真を撮るように画像を取得する光学衛星というタイプもある。人間が目で見た際に、地上の様子が直感的にわかりやすい方法だ。災害対策でも光学衛星を使えればよいのだが、大雨の被害が発生する場合は雲がかかっていることが多く、光学衛星で地上を撮影するのは難しい。また太陽光の反射を利用するため、夜間も撮影ができない。その点、SAR衛星は画像から情報を読み取ることが難しいという欠点はあるものの、悪天候や夜間でも衛星からマイクロ波を照射して観測できるという、欠点を補って余りあるメリットがある。

SAR衛星が照射した電波は、地表で跳ね返って衛星に戻ってくる。地表にコンクリートや金属の表面があれば戻ってくる電波は多くなり、反対に水面では電波が衛星のアンテナと反対方向に反射してしまうため、戻ってくる電波は少なくなる。受信したデータを画像化すると、水面は暗く、コンクリートの建物は明るく(白く)映る。この性質を利用して、ある基準よりも暗いところを「水面」、つまり地面が水を被った場所として判断するというのが、SAR衛星による浸水解析の基本的な仕組みだ。

日本のSAR衛星データは基本的に有償だが、欧州宇宙機関(ESA)は、2014年に打ち上げた地球観測衛星「Sentinel-1」のデータを無償で全世界に公開するという取り組みを続けている。観測の分解能は中程度だが、世界の衛星データ利用を牽引する画期的な存在だ。今回はこのデータを使ってみよう。
衛星観測はタイミング次第

衛星で大雨や浸水を観測するメリットは、広域を一度で安全に調査できることだ。ただし、浸水が起きているタイミングで衛星が上空を通過していなければ、当然その現象を観測することはできない。Sentinel-1衛星は現在1機しか活動しておらず、地表のある地点を観測できるタイミングは12日に1回とかなり間隔が長い。2021年に故障してしまった衛星に代わって2023年末に新たな衛星を打ち上げるまで、こればかりはやむを得ない問題だ。

SAR画像は、ともすればモノクロのザラザラした画像に見えてしまい、画像から情報を引き出すことが難しい。そこで宇宙機関やそれを活用する組織は、ある程度確立された手法でSARデータを処理して情報を引き出す「解析」の手法を公開している。

中でも国連は、SARの応用分野としてよく利用される浸水エリア(以下「浸水域」)の抽出手法だけでも、2種類のチュートリアルを用意している。1つ目の手法は、欧州が公開する無料の解析ツール「SNAP」を使う方法、2つ目は「Google Earth Engine(GEE)」を使う方法だ。それぞれSARの長所と短所を踏まえて使えば、大雨被害が発生した場合に迅速に浸水をビジュアライズすることができる。まずは前者のSNAPによる浸水マッピングを解説する。
大雨に伴う浸水は観測できているか? 2022年8月3日の事例

SARデータの解析を始める前に、そもそも衛星による観測データが存在するのか、情報を確認する必要がある。日本の場合は、気象庁や自治体が公表する大雨情報を確認しておこう。

2022年の8月1日から6日にかけて、日本海から東北地方・北陸地方で大気の状態が非常に不安定となり、北海道や東北地方、北陸地方を中心に大雨が続いた。山形県や福島県、新潟県などで浸水被害をもたらしたこの大雨の際には、8月3日に発生した豪雨の翌日(4日朝)に、Sentinel-1が北陸から東北を観測するという機会があった。観測時間は通常、午前6時ごろになる。

なお観測の予定と地域は、Sentinel衛星のデータ配布プラットフォーム「Sentinel Hub」でいつでも確認できる。これには無料で登録でき、画像の閲覧やダウンロードに加え、簡単な比較ならばSentinel Hubだけでも完結する。

まずSentinel Hubにログインし、データを検索したい地名を入力する。日本の場合は日本語の地名を入力してもOKだ。そして「Discover」タブで今回利用する「Sentinel-1」をチェックし、検索期間の日付を指定する。ここでは、観測日時などの情報はすべて協定世界時(UTC)であることに注意しよう。稼働中のSentinel-1A衛星の観測時間はUTC 21:00ごろ。日本(JST)はUTC+9時間なので、Sentinel Hub上の日付の翌日、朝6:00ごろと考えればよい。8月3日に観測機会があったということは、日本では翌日の8月4日朝のデータが撮れていることになる。該当するデータ日付のデータを見つけたら、リンクのマークをクリックして「AWS path」(データのファイル情報)をコピーしておこう。あとで必要になるのでメモ帳などに保存しておくとよい。

データのダウンロードを始める前に、目で確認してみよう。大雨当日と、その前の7月の観測画像を比較してみる。川の周辺などで暗く見える部分が増えていれば、浸水を捉えている可能性がある。ただし、夏季の大雨が立て続けにあった場合など、直前の段階ですでに川が増水している場合もある。また、あまり極端に遡って季節をまたぐと状況が大きく変わっている(川の水量が異なるなど)可能性があるが、雨続きの場合は気象情報を確認しつつ少し遡ってみるのもひとつの方法だ。

大雨を観測した日のデータから浸水範囲を抽出する

ここで紹介する浸水マッピングの手法は、大雨当日(一時期)のデータを使う方法だ。ESAが用意したツールを利用すると、データ公開が最も早いため、速報的な情報を必要とする場合に向いている。だがその一方で、川筋や湖、池といった元々水面だったエリアも同時に抽出することに注意する必要がある。また、ユーザーのローカルな環境でデータを処理するので、それなりのマシンパワーを必要とし、メモリは16GB以上、できれば32GBが必要になる。

Sentinel-1のデータは、Open Access Hubという専用のデータをホストしているWebサイト(無償で登録可能)からダウンロードする。Open Access Hubにログインして日本の上に移動し、検索ボックスにSentinel Hubでコピーしておいたファイル名を検索窓に貼り付け、検索する(ファイル名冒頭のAWSのディレクトリ情報は削除する)。エリアと日付を指定して検索する方法もあるが、ここでは観測日と必要なデータのファイル名があらかじめわかっているので、そのほうが手間が省ける。

データが見つかったら目のアイコンをクリックして、プロダクト(衛星の観測データ)情報をコピーしておこう。これも後で必要になる。データが新しい場合はダウンロードボタンをクリックすればダウンロードが始まるが、1年前など時間が経っている場合には、カートにデータを入れるリクエストを送信し、ダウンロード準備が整うのを待たなくてはならない。SARのデータは1ファイルあたり900MB程度あるので、ストレージには余裕を持つ必要があるだろう。

●浸水域とそれ以外を見やすい状態に解析
SNAPで解析を始める

SNAPは、ESAの提供する無償の衛星データ解析ツールで、ここからダウンロードできる。SNAPを起動し、ダウンロードしたSentinel-1データをZIPのままドラッグすると、ファイルが開く(File‐Open Productメニューから開くことももちろんできる)。ウインドウ左の「Product Explorer」で読み込んだファイルを開けてみると、「Bands」の中にデータが含まれている。ここでは「Intensity VV」を使用する。ダブルクリックしてみると右側にデータが画像化されるのだが、ダウンロードしたばかりの処理レベルの低いデータは、衛星の航行方向が上になっていることがあり、地図とは東西南北が反対になる。村上市の沖合にある粟島や猪苗代湖といった目印を手がかりに、頭の中で画像を反転させて処理する必要がある(手順の最後では、逆転した画像を地図に合わせて反転させる方法も解説する)。

900MBもあるSARデータは大きすぎて扱いにくく、処理落ちしてしまうこともよくある。そこでまずは、必要な部分だけを抽出したサブセットを作ろう。メニューからRaster‐Subsetを選択する。緯度経度を指定して切り抜くことも可能だが、わからない場合は画像を見ながらブルーの枠を絞って切り抜ける。左下の「WorldWind View」タブに処理中のエリアが表示されているので確認し、「OK」をクリックして切り抜く。

すると「Product Explorer」に、[2]という番号のついたサブセットのデータが表示される。これ以降、何か処理をするたびにデータが増えていくので、常に最新の番号を開くようにしよう。

続いて、データの較正とノイズ除去を行う。メニューからRadar‐Radiometric‐Calibrateを選択、データの保存フォルダを指定し、処理パラメータのタブでは、対象に「VV」を指定する。較正した[3]のデータを開き、メニューからRadar‐Speckle Filtering‐Single Product Speckle Filterを選択する。保存フォルダを確認して処理パラメータタブでLee(Leeシグマ)、7×7を選択(デフォルトで指定されているままでもOK)。スペックルフィルタリングとは、SAR特有のノイズ(スペックル)を処理する手法で画像のザラつきが減って、見た目にもわかりやすくなる。

ここまででSARデータの下処理を行い、いよいよ水域(水面の可能性があるエリア)の抽出を行う。SARの観測データで必要な情報は、極論すれば「水面」か「それ以外」かの2種類だ。そこで、画像を「大津の2値化」という2値化手法を使用し、しきい値で白黒の2色に分ける。ここからは処理した画像のヒストグラムを利用する。

ウインドウ左下の、「Colour Manipulation tab」を開いて「Sliders」を選択すると、ピクセルごとの後方散乱係数(アンテナが受信した電波の強さを数値化したもの)による山(クラス)がいくつかできている。陸を表す白に近い高いクラスと、水面を表す黒に近いクラスができていることがわかる。大津の2値化では、クラスとクラスの間の分離度が最大になる値をしきい値に設定する。対数表示(Log10)をクリックするとしきい値が表示される。

この数値を元に、「バンド計算」機能を使ってすべてのピクセルを2値に分ける。メニューからRaster‐Band Mathsを選択し、Nameに新たな名前をつけて「Edit Expression」ボタンをクリック。計算式は255*(Sigma0VV<しきい値)でも、if Sigma0VV<しきい値 then 1 else 0でもOKだ。

これで指定した名前のバンドが作成され、水域と非水域で白黒に2値化された画像が表示される。最後に、地図にフィットするよう画像を補正する。メニューからRadar‐Geometric‐Terrain Correction‐Range-Doppler Terrain Correctionを選択。ファイル保存先を確認し、処理パラメータタブでソースバンドに先ほど作成したバンド名を指定する。座標系は特に必要がない限り標準のままでOK。東西南北が逆転していた画像は、この補正で地図と同じく北が上の表示になる。

これらの操作で抽出した水域データは、そのままでは見ても非常に分かりにくく、地名など位置を示す手がかりも表示できない。これは、処理したデータをGISソフトと重ね合わせて利用することが前提になっているからだ。そこで標準機能として、Google EarthのKMZ形式の出力が可能だ。Colour Manipulationタブで水域は水色に、それ以外のエリアは透明化した上で、画像を右クリックしてKMZ形式で保存する。出力したKMZファイルを開くと、Google Earthで表示することができる。

●光学衛星の画像と見比べて精度を検証
浸水域はどこまで正確に出力できているか。GISソフトで検証する

水域のデータをフリーのGISソフト「QGIS」に重ねてみよう。QGISを起動して新しいプロジェクトを開き、背景地図に国土地理院が配布する地理院地図(標準)を選択して、出力した水域のKMZファイルをドラッグ&ドロップする。地図と重ねた上で透明度を調節してみると、元の川筋からどの程度水が広がっているのか、浸水したと思われる場所は何があった場所なのかということが見えてくる。

SARデータでは、都市部のように原理的に観測が難しい場所があり、簡易解析で使われる二値化の手法は万能ではない。観測データの範囲にどのような場所が含まれるかによってヒストグラムがまったく変わってくることがよく起こり、結果もかなり変わる。実際には浸水しているのにそうではないと判定されたり(偽陰性)、逆に浸水域を過大に抽出してしまったり(偽陽性)という事象も珍しくない。そのため、信頼できる観測データと比較してみることで、人間の目で検証していくことが重要だ。

大雨の際には、公共の浸水推定データが公開されることがある。国土地理院は「令和4年(2022年)8月3日からの大雨に関する情報」で村上市のヘリコプター観測画像から作成した浸水推定図を公表している。Sentinel-1観測と同じ8月4日の午前10時ごろの画像から作られており、Sentinel-1のデータとは4時間程度の違いで比較に適している。条件の良い比較対象はまだ多くないので重ね合わせてチェックしてみることが重要だ。「浸水推定図の浸水範囲の輪郭線(GeoJSON)(ZIP形式:55KB)」をダウンロード、解凍してQGISの上にドラッグ&ドロップしてみよう。

比較してすぐ目につくのは、線路沿い(羽越本線の坂町駅付近)は地理院データでは広く浸水しているにもかかわらず、衛星データではほとんど浸水域が見当たらないことだろう。駅前は都市域のため、地面が舗装されていて建物も多く、衛星の電波が複雑に反射してしまうため誤検知(偽陰性)が発生しやすい。これこそがSARデータだけでは克服できない大きな弱点だ。都市部については、SNSのデータのように地域の人々が報告したデータを利用する、地形情報を利用して周囲の浸水している低い土地と繋がっている場合は類推する、などといった衛星画像以外のデータとの組み合わせが必要になる。

一方でSentinel-1データには、地理院の推定図にはない水域と見られる部分が多い。ベースとなっている地理院地図、または大雨直前の光学衛星画像と重ねてみると、そうした多くの場所が青々とした水田だ。夏季の水田は水を湛えていることが多く、そもそも水面と認識されやすい。浸水範囲を過大に見積もった偽陽性の可能性があることを認識しておくべきだろう。ただし水田であっても、Sentinel-1データ・地理院データともに浸水域とした場所もある。もともと標高の低い土地である水田に水が流れ込んでいた可能性もあり、周囲の道路と浸水推定エリアが交差している場合は通行が妨げられていたことも疑われるのである。

ここまで、SAR衛星であるSentinel-1の観測データを使って、大雨後の浸水被害エリアを解析する手法を紹介した。手間暇をかけて大容量データをダウンロード・解析しても、必ずしも検証データと一致しないこともある。なかなか万能とはいかないものだが、ここで重要なのは、多くの人が衛星データを使って安全に大雨後の影響を調査できるという点だ。さらに、データを重ね合わせ、対象となる土地をよく知る人が見れば、情報が積み重なることで役に立つものになっていく。まずは無償のデータを使い、最初の一歩を踏み出してみることができるのである。

秋山文野 あきやまあやの フリーランスライター/翻訳者(宇宙開発) 1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経て宇宙開発中心のフリーランスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。 この著者の記事一覧はこちら

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