2023年04月19日19時11分 / 提供:マイナビニュース
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京都大学(京大)は4月17日、新物理現象の探索に利用可能な高い感度を有する新たな光格子時計の構築に向け、イッテルビウム(Yb)原子の内殻電子が励起される時計遷移(波長431nm)の直接観測に成功したことを発表した。
同成果は、京大 理学研究科の石山泰樹大学院生、同・小野滉貴特定助教、同・高野哲至特定准教授、同・砂賀彩光特定研究員、同・高橋義朗教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。
素粒子物理学の「標準模型」では、ダークマターやダークエネルギーを説明することができないため、標準模型を超える新物理の存在が指摘されている。新物理を解明するための技術として期待されているのが原子の共鳴周波数計測で、その実装方法の1つが光格子時計だ。現在、その精度は18桁にまで達しており、あらゆる物理量測定の中で最高精度を誇るという。この超高精度なら、新物理による微小なエネルギー変化を検出できるとされ、これまでに以下のような新物理現象の探索実験が提案・実証されてきた。
超軽量ダークマター:ダークマターの中でも電子質量の10-20倍ほどととても軽量
局所ローレンツ不変性の破れ:「すべての実験結果は実験装置の向きと速度に依存しない」ことを意味する基礎物理法則の仮定の1つが破れていること
電子・中性子間の新奇な相互作用:電磁気力、強い力、弱い力、重力からなる4つの基本相互作用以外の新奇な相互作用
光格子時計で新物理現象を探索するには、感度の異なる2つの光格子時計の周波数を比較する必要がある。そのため、従来の光格子時計に加え、より新物理現象に高感度な光格子時計の構築が期待されているという。
そこで研究チームが今回、新たな時計遷移として注目したのが、中性Yb原子の「4f146s21S0⇔4f135d6s2(J=2)」遷移だ。同遷移は波長が431nmで、スペクトル線幅の原理限界(自然幅)が約0.8mHzの超狭線幅遷移であると計算されており、光格子時計の構築に適しているという。さらに同遷移は、これまでの時計遷移に比べ、上述した3つの新物理現象に非常に高い感度を持つことが理論的に示されており、新物理探索に有望とされている。
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最初に、この431nm遷移の探索が行われた。まず、レーザー光を駆使してYb原子集団を絶対温度でμケルビン以下の極低温まで冷却し、光双極子トラップで捕捉。そして、波長431nmの狭線幅励起光レーザーを照射し、基底状態の原子数が観測された。ある特定の周波数で基底状態の原子数が減少していることが判明したといい、これは基底状態の原子が励起レーザー光によって励起されたことが示されているという。
また、中心周波数から幅約30kHzにわたり原子数ロスが観測された。これは理論から予測される自然幅0.8mHzより広いが、原子集団の速度分布の拡がりと励起光のレーザー線幅が原因だと考えられるとする。今後は光格子中に原子を閉じ込め、さらに線幅を狭窄化したレーザーを用いることで、自然幅に近い分光の実現を目指すとしている。
次に、将来の光格子時計構築に不可欠な魔法波長の探索が行われた。そして、(励起光とは別の)レーザー光を原子集団に照射している条件下で、波長431nmの遷移周波数の変化が観察された。その結果、波長797nm、833nm近傍でトラップ用レーザー光のパワーを変化させても遷移周波数シフトがなくなることが発見された。この結果は、これらの波長が魔法波長であり、光格子時計の構築が可能であることを意味するという。
さらに、励起状態の寿命測定も行われた。スペクトル線幅の原理限界である自然幅は、励起状態の寿命に反比例するため、寿命が長ければ長いほど狭線幅な、つまりより精密な分光が可能になる。今回は、3次元光格子中で励起状態をトラップし、どのくらいの時間励起状態の原子がトラップ中に存在し続けるかを調べることで、寿命の下限値を1.9(1)秒と定めることに成功したという。なお現状は、実験装置の問題が測定値を制限してしまっているが、それでもこの値は既存の光格子時計に匹敵する値であり、将来の光格子時計構築が可能であることを示す重要な結果だとしている。
今回の研究で観測された431nm時計遷移は、複数の新物理現象に高い感度を持つため、光格子時計の構築に成功した暁には、従来の感度を大幅に上回る新物理探索実験が可能になるとする。また今後は、光格子時計の構築とそれを用いた前出の新物理探索実験を計画中だとし、最終的には、既存の制限を大幅に上回る精度で新物理を探索し、その正体に迫りたいとしている。