2023年03月20日18時57分 / 提供:マイナビニュース
●原因はスロート・インサートの品質問題、もともとの要求仕様にも誤り
欧州宇宙機関(ESA)などは2023年3月3日、昨年12月に発生した、小型固体ロケット「ヴェガC」の打ち上げ失敗について、原因の調査結果を発表した。
問題が起きたのは第2段モーターのノズルにあるスロート・インサートという部品で、材料の品質に問題があり破損したとしている。また、もともとの要求仕様も間違っていたという。
この部品はウクライナ製で、今後は欧州製に切り替えることで対応するとしている。一方、ウクライナ側は「結論を出すのまだ早く、我が国の宇宙産業の評判に悪影響が及ぶ」と非難する声明を出すなど、混乱も起こっている。
ヴェガC V22の打ち上げ失敗
ヴェガC(Vega C)はESAが開発した小型ロケットで、欧州にとって基幹ロケットのひとつに位置づけられている。イタリアの航空宇宙メーカー、アヴィオ(Avio)がプライム・コントラクターとなり、欧州各国とウクライナの複数の航空宇宙メーカーが開発、製造した。運用はアリアンスペースが担当している。
ロケットの全長は34.8m、直径は3.3m。ロケットは4段式で、1段目から3段目までは固体ロケット、4段目のみ液体ロケットを使う。
従来運用されていた「ヴェガ」をベースに改良されており、第1段や第2段の固体モーターを改良、大型化するなどし、打ち上げ能力が向上。また開発中の大型ロケット「アリアン6」との部品の共通化により、シナジー効果によるコストダウンも図っている。これによりヴェガよりも打ち上げ能力が向上しながら、打ち上げコストは据え置きとなっており、コストパフォーマンスが向上している。
高度700kmの太陽同期軌道に約2300kgの打ち上げ能力をもち、さまざまな小型・中型衛星の打ち上げ需要に応えることが可能で、欧州の官需衛星の打ち上げから、欧州内外の民間の衛星の商業打ち上げまで、幅広い活躍が期待されている。
ヴェガCの初打ち上げは2022年7月に行われ、無事に成功。同年12月21日(日本時間)には、地球観測衛星「プレアデス・ネオ」を2機搭載した2号機が打ち上げられた。
しかし、第1段の飛行は正常だったものの、第2段の固体ロケットモーター「ゼフィーロ40(Zefiro-40)」の燃焼中に異常が発生。予定していた飛行経路を外れて飛行を始めた。最終的に飛行を中断する信号が送られ、打ち上げは失敗に終わった。
ヴェガCを開発したESAと、運用を担うアリアンスペースは、即座に独立調査委員会を立ち上げ調査を開始。そして3月3日、その結果が発表されるとともに記者会見が開催された。
発表によると、まず初期調査では、離昇から151秒後にゼフィーロ40のチャンバー圧が徐々に低下していたことを確認。そこから、飛行中にノズルが徐々に壊れていったと推定された。
より詳しい調査の結果、ノズルに付いている「スロート・インサート」という部品で、想定外の熱・機械的な過溶融(エロージョン)が発生したことがわかったという。スロート・インサートは、高温の燃焼ガスからノズル本体を守るための耐熱部材のことで、ゼフィーロ40では材料に炭素繊維強化炭素複合材料(カーボン・カーボン、C/C)が使われている。
そして委員会は最終的に、このC/C材の均質性に問題があったことが原因である可能性が高いと結論づけた。また、C/C製スロート・インサートの要求仕様が適切ではなかったことも明らかにされた。このスロート・インサートは、ウクライナの宇宙企業ユージュノエによって製造されたもので、アヴィオが調達し使用されていた。
要求仕様が誤っていたにもかかわらず、これまでに認定試験を通過し、初打ち上げも成功した理由については、「認定試験と初打ち上げで使用されたC/C材は、仕様以上に優れた出来で造られていた(過剰品質だった)ため、エロージョンは出なかった。しかし2号機の材料は、仕様と『正確に一致』していたために(エロージョンが出て)失敗した」としている。
これを受け委員会では、今後はユージュノエC/C材は使用せず、欧州の宇宙企業アリアングループが製造する別のC/C材に置き換えるとしている。このアリアングループ製のC/C材は、先代のヴェガの第2段と第3段モーターのノズルに使用されており、十分な実績があるという。
また、ゼフィーロ40に設計上の問題は見つからなかったとし、あくまで製造上の問題であったと強調している。
委員会はまた、今後に向け、新しいC/C材が適切かつ堅牢であることを確立するため、追加の試験と分析を行うこと、このC/C材を使った新しいゼフィーロ40モーターについて追加で検証を行うこと、そして長期的な信頼性と製造の持続可能性を保証するための作業を行うことなどを勧告している。
こうした調査結果と勧告を受け、ESAとアリアンスペースからなるタスクフォースでは、勧告の実施と、アヴィオが実施する作業を全面的にフォローし、信頼の回復、堅牢性の確保に全力であたるとしている。
ヴェガCの打ち上げ再開は2023年末を目標とするという。
なお、先代のヴェガは2機が残っているが、ゼフィーロ40やウクライナ製C/C材は使われていないため、打ち上げには影響しないという。このため2023年の夏の終わりまでに、1機の打ち上げを計画するとしている。
●調査結果にウクライナは強く反論 - ヴェガCの信頼回復なるか
ウクライナ製を使った理由、そして反論
今回の発表をめぐって、大きなキーワードとして取り上げられたのがウクライナの存在である。
もともとヴェガC、また先代のヴェガも、ウクライナのユージュノエは開発や製造に深く関与しており、とくに第4段の液体ロケット段「AVUM」には、同社製のRD-843エンジンが使われている。今回問題となったC/C製スロート・インサートを製造したのもユージュノエだった。
同社製の部品を採用した理由について、アヴィオのGiulio Ranzo氏によると、「ヴェガC の設計段階(2015年から2017年)では、既存の欧州のサプライヤーは十分な量のC/C材を供給できない可能性があった。そのためウクライナ製を採用した」と語った。
またRanzo氏は、「今回の失敗が起こる前から、ロシアのウクライナ侵攻による供給停止のリスクを軽減するために、アリアングループから代替となるC/C材を取得するために働いていた」とも語った。ただ、前述のようにもともと欧州製は供給力が不足していたことから、「現時点では、中期的――いくつかのヴェガC の打ち上げに必要な分だけのソリューションが提供される。そのため、長期的な供給方法を確立することが必要だ」とも語られた。
こうした中、3月6日にはウクライナ国立宇宙庁が、ウクライナ製部品の欠陥が原因とする調査結果に反論する声明を発表した。
同庁は「独立調査委員会が提示した結論は時期尚早であり、ウクライナの宇宙産業の評判に影を落とすものだ。ヴェガCの打ち上げ失敗の原因となった追加要因があるかどうかを特定するために、さらなる調査が必要だ」と訴えている。
また、「ウクライナ国立宇宙庁は、ウクライナの宇宙産業が欧州のパートナーに供給したすべての製品が、課せられた要求仕様に完全に適合していたことを強調したい」ともしている。
そして、「ウクライナの専門家は、認められた範囲内で調査の一部に参加したが、その考察や提案は、独立調査委員会の結論に反映されていない。欧州のパートナーが、我々の提案とともに、他の潜在的要因を考慮した追加の分析と考察を行うことを奨励する」と述べている。
これを受け、ESAのヨーゼフ・アッシュバッハー長官は「委員会が出した結論は、ウクライナやウクライナの宇宙産業の素晴らしさを非難するものではありません」との声明を発表し、火消しに追われることとなった。
欧州とウクライナのどちらに責任があるかは難しい問題である。発表ではその点は明確には述べられていないものの、ウクライナ国立宇宙庁が反論したように、ウクライナに非があるように読める内容になっていることは否めない。
ただ、前述のように、そもそもの要求仕様が間違っていたということは、むしろ欧州側に責任があるという解釈もできる。一方で、認定試験や初打ち上げで問題が出なかった理由が過剰品質だったからということは、ユージュノエの品質管理にも問題があったことを示唆している。過剰品質は決して良いことではなく、仕様と合致していない時点で本来は不適合になるべきものであるからだ。もっとも、その部品を問題ないとして検収し受け入れた欧州側にもやはり問題があったと言えよう。
そうしたこと以上に深刻なのは、今回の発表がウクライナ側の同意を得ずに行われたものであるという点である。背景はともかく、「ウクライナ製部品に問題があった」という内容を発表する以上は、事前に内容について同意しておくことが当然であろう。また、ウクライナ側から「考察や提案を行ったものの独立調査委員会の結論に反映されていない」と非難されていることからも、不協和音が生じていることが窺える。
信頼回復なるか
いずれにせよ、今後の焦点は、ヴェガCの信頼が回復できるかという点である。
古今東西、新型ロケットが打ち上げに失敗することは珍しくなく、その失敗を乗り越えることで信頼性が上がっていく。ヴェガCの打ち上げは今回が2機目であり、つまり“洗礼”として仕方がない失敗だったと言えなくもないが、やや事情が異なる点もある。
ひとつは、失敗の原因が品質の問題だった点である。C/C材が過剰品質だったこと、それでも検収試験を通過してしまっていたこと、そもそもの要求仕様が間違っていたことは、単なる新型ロケットだったからという次元の話ではなく、ものづくりにおいてかなり深刻な問題があったことを示唆している。欧州とウクライナとのコミュニケーションに問題があったことが窺える点もそれに拍車をかけている。
もうひとつは、ヴェガから失敗が相次いでいるという点である。ヴェガは、2019年と2020年に1機ずつ失敗している。とくに2020年の失敗は、今回と直接の共通点はないものの、同じような品質管理の欠陥が原因と結論づけられている。また、ヴェガ・シリーズとして失敗が相次いだことも信頼性に大きな疑問符を投げかけている。
ヴェガCは欧州の基幹ロケットであり、その双肩には欧州の宇宙輸送の自立性がかかっている。また、打ち上げコストの低減や安定した打ち上げを続けるためには、他国の企業などからの商業打ち上げも獲得し、打ち上げ数を増やす必要があり、その点でも信頼性の回復は急務である。
はたしてヴェガCは無事によみがえることができるのか。欧州のロケット産業は、大きな試練のときに直面している。
○参考文献
・ESA - Loss of flight VV22: Independent Enquiry Commission announces conclusions
・ESA - Media briefing on the loss of the Vega-C Flight VV22 mission
・Information about the situation with Vega C LV launch - State Space Agency of Ukraine
・Vega C - Arianespace
・Loss of flight VV22: Independent Enquiry Commission announces conclusions - ArianeSpace
鳥嶋真也 とりしましんや
著者プロフィール 宇宙開発評論家、宇宙開発史家。宇宙作家クラブ会員。 宇宙開発や天文学における最新ニュースから歴史まで、宇宙にまつわる様々な物事を対象に、取材や研究、記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。 この著者の記事一覧はこちら