2023年02月19日07時00分 / 提供:マイナビニュース
●本田圭佑、影山優佳…起用が次々的中
日本中を熱狂させた「FIFA ワールドカップ カタール 2022」で、テレビ朝日とのタッグによって全64試合無料生中継というビッグプロジェクトに挑んだABEMA。大会期間中にアプリは700万ダウンロード増え、1週間のサービス全体の視聴者数は3,409万と過去最高を記録したが、この数字以上の手応えを実感しているようだ。
日本代表の活躍という大きな追い風の中、独自の目線やフレーズの解説で中継を盛り上げた本田圭佑氏や、豊富な知識とサッカー愛で“女神”とも呼ばれた影山優佳(日向坂46)のブレイクもあり、大きな事故やトラブルに見舞われることもなく、「成功」を収めることができたが、その舞台裏では何が起こっていたのか。ABEMAスポーツエンタメ局長の塚本泰隆氏と、テレビ朝日スポーツ局プロデューサーの長畑洋太氏に、今回のプロジェクトを総括してもらった――。
○■予想を超える反響だった“本田解説”
まず、塚本氏は「これはABEMAのメンバーはもちろん、テレビ朝日のみなさんを含め思っているところだと思うのですが、我々としては本当に予想以上に手応えで、世の中の反響を頂いたと思っています。ワールドカップを体験した方の熱量を感じられた大会でした」とコメント。
長畑氏は「テレビ朝日としても、ABEMA全64試合の生中継を一緒にやりながら、地上波の中継もやって、コスタリカ戦がとても高い視聴率になったというところで、全員が満足している状況です。特に全64試合生中継というところに関しては、もちろん成功すると信じて一緒にやってきたのですが、ここまでの反響の大きさというのは驚きでした」と振り返る。
その背景は、「日本代表の活躍があってワールドカップ全体が盛り上がったということが一番の要因だと思います」(塚本氏)というが、ABEMAで日本戦をはじめ解説を担当した本田圭佑氏の存在も大きかった。
この起用は、サイバーエージェントの藤田晋社長が、友人である本田氏にオファーして実現したもの。そんな同氏に期待したのは、「ABEMA FIFAワールドカップ2022プロジェクト・ゼネラルマネージャー(GM)」という肩書きで、従来の「解説」という枠にとどまらない立ち回りだった。
「現役の選手であり監督でもあり、いろんな目線を持たれている唯一無二の方なので、本田さんから見たワールドカップを自由に伝えていただきたいと思い、我々としてはその周り固めの準備をしてきました。本田さんの言葉の力、表現の仕方、そして目線というところに対して、世の中の人たちが『面白い』『新しい』と言っていただけたのは、我々の予想を超える反響でしたし、それが我々の1つの武器になったことは間違いないと思います」(塚本氏)
初戦のドイツ戦での解説で、普段サッカーに触れていない層も含めて大きな反応があり、一気に“ブレイク”。それを受け、「みんなが盛り上がれるような環境を我々から提供できないか」(塚本氏)と、指定ハッシュタグ(「#本田圭佑」「#本田の解説」「#本田さん」)をツイートすると本田氏の絵文字が出現するブランド絵文字を急きょTwitter社と共同開発した。本人もすぐ快諾し、約1カ月間で活用された投稿数は約65万件にのぼった。
○■直前までナーバスだった寺川俊平アナ
本田氏の魅力を引き出したのは、中継でタッグを組んだテレ朝の寺川俊平アナウンサーの存在も欠かせない。しかし当初、寺川アナは、「本田さんと接したことは選手以外としてはないですし、解説もYouTubeで少しお話しされているのしか見ることができなかったので、ものすごく不安を抱えていました」(長畑氏)という。
そこで、開幕前のカナダ代表との強化試合を本田氏が視察するところに、寺川アナが急きょ同行し、事前にコミュニケーションを取ることができた。それでも「まだ不安と緊張はぬぐえず、直前までだいぶナーバスになっていたようです」(長畑氏)というが、万全の準備で本番に臨み、「寺川さんがいろいろな努力をしてくれて、本田さんから様々なことを引き出す土壌を整えてくれたことで、大変素晴らしい実況・解説が届けられたと思います」(塚本氏)と、見事なコンビネーションが誕生。
長畑氏は「彼が話題になった要素の1つに、本田さんへの返答をする際に何について言及されているのかが分からなくなる時があり、一瞬黙って『どういうことでしょう?』と聞くことがあったのですが、そんな率直なやりとりなどの様子がウケたということもあるし、最初のドイツ戦の勝利が勢いになりましたし、そこにピッチリポーターの槙野(智章)さんも含めてトリオという形が作れたのも良かったと思います」と分析した。
●影山優佳のすごさは十二分に知っていたが…
もう1人、ABEMAの番組でブレイクを果たした人物といえば、豊富な知識とサッカー愛、さらには予想の的中率で世間を驚かせた影山優佳だ。塚本氏は「テレビ朝日と一緒にやらせてもらった『FIFAワールドカップ64』という番組で事前に約半年ご出演いただいて、我々は元々すごいことを十二分に存じ上げていたのですが、それが世の中に一気に広まったのを非常に感じました」と舌を巻く。
今回の起用は、「日本代表や各国のことを気軽に知ってもらいたいということで、アイドルという立場で様々な発信をしていただけると思ったので、できる限りの試合で出演していただきたいというお話を事務所の方々としました」といい、20試合以上に登板。「予想を的中させるというところも含めて、見どころをたくさん作っていただき、本当にありがたく思っています」と感謝した。
本田氏にしても、寺川アナにしても、影山にしても、サッカーの監督で言えば、起用の采配がことごとく決まる形となったが、塚本氏は「試合の内容や結果、ご出演いただいた皆さんの素晴らしさと、いろいろなことが噛み合って、我々はありがたくその恩恵を受けたというだけなので、改めて皆さんの素晴らしさに感謝したいと思います」と謙虚に述べた。
○■最大のリスクを避けるための「入場制限」
予想以上の反響という点で触れなければいけないのが、日本の決勝トーナメント第1戦・クロアチア戦の前に告知した「入場制限」だ。グループリーグを突破し、ワールドカップへの関心が急上昇していた中で、「我々は全64試合全てを届けて楽しんでいただくのが目的だったので、視聴中の方が見られなくなるというのを最大のリスクとして考えていました」(塚本氏)という。
そこで、決勝トーナメント進出を決めたスペイン戦の結果を受け、それまでの3試合のアクセス状況など様々なデータを検証し、入場制限の可能性を事前告知することを、藤田社長が判断。結果として、「前半のうちにはもうその“臨界点”に達して、その後も調整しつつ、最後まで走りきったという形です」と、最悪の事態は免れた。
ワールドカップの後に行われたボクシング・井上尚弥の王座統一戦、NBA・八村塁のレイカーズ移籍デビューといった試合において、別の配信サービスでアクセス集中による影響が出たことは、ABEMAのシステム面の信頼の高さを、改めて示す出来事になった。長畑氏は「今回ABEMAと仕事をして、いろんな技術者が汗を流して中継をつなげようとしているんだと感じて、自分の会社に帰って、テレビの技術者にも改めて感謝だなと思いました」と再確認したそうだ。
○■予想以上のオンデマンド視聴数「見過ごせない結果」
ABEMAの試合別視聴者数ランキングでは、この「日本×クロアチア」がトップだったが、地上波テレビの中継番組の視聴率は、日曜日のゴールデンタイムにテレビ朝日が放送した「日本×コスタリカ」が1位だった(世帯42.9%、個人30.6% ※ビデオリサーチ調べ・関東地区)。この違いの要因は、ABEMAのオンデマンド視聴の使用率の高さだ。
塚本氏は「ワールドカップを楽しんでいただいた56%の方がライブで見られたのですが、残りの44%がオンデマンドで視聴される人でした。これは我々が狙ったところでありながら予想以上の数字だったんですけど、深夜帯や全試合を追うというのもなかなか難しいので、ハイライト映像や見逃しフルマッチ配信を見ていただいた方が多かったようです」と明かし、長畑氏は「ABEMAでは、後から見ている人がこれだけいるんだというのは、見過ごせない結果でした」と注目している。
●歓喜の大盛り上がりから切り替え「次どうしよう?」
この大会においては、試合を伝えるという立場でありながら、特にスペイン戦を勝ち上がった歓喜の瞬間は、いち観戦者としても大いに盛り上がった。
塚本氏は「僕はカタールにおりまして、もう本当にみんなが『えーーーー!?』となって、これまで3戦頑張ってきて、ここからまだ日本戦を届けられるんだという熱量が、現地スタッフの中で一気に出ましたね。本田さんももちろん興奮していましたし、それまでの疲れはすごくあったのですが、現地にいるスタッフみんながすごく前向きになっていくのが印象的でした」と振り返る。
一方で、長畑氏は「私はスペイン戦の後から最後まで現地にいて、IBC(国際放送センター)や東京で受けている人たちはもちろんとても盛り上がっているのですが、それと同時に『じゃあ、次どうしよう?』と、わりと冷静になるんですね。中継車や出演者、スタッフの手配や宿泊するホテルの手配など、やらなければならないことが山ほどあるので」と、担当スタッフはすぐ切り替えて業務にあたることになったそうだ。
○■過酷な環境の仕事もみんなが「楽しかった」
全64試合の中継という初めての試みだっただけに、塚本氏は「中継している画面上に影響が出るような事象ではなくとも、大小様々な出来事が本当にいろいろありました(笑)」と回想。特に、グループリーグでは1日4試合の中継があったため、「東京のスタジオで、スタッフ、出演者の方が何十人、何百人と入れ替わりながら中継を続けているときに、『これはとてもハードでヤバいかもしれないな』と思いました(笑)。もう3日目くらいからちょっと細かい記憶がないくらいで、夢中になって中継を届け、毎日がお祭りでした」と打ち明ける。
長畑氏も「出演者や解説の方が次から次へとスタジオに入ってくるので、みなさんが問題なくちゃんとお越しいただけているのかということを把握するだけでも非常に大変な作業でした。普段、TBSや日本テレビで解説される方も来てくれて、もちろんタレントさんもいらっしゃいましたし、そういった方々が原宿のシャトーアメーバ(スタジオ)にどんどんやってくるのは、壮観でしたね(笑)」という状況だったが、出演時間に間に合わないといったハプニングはなかった。
一方、現地での最大の敵は、中東ならではの環境だ。「とにかく向こうはクーラーをギンギンにかけるんです。ショッピングモールなんて、大げさに言うとダウンコートを羽織ってもいいくらいの寒さ。それで外に出ると、あの時期でも30℃くらいまで上がって日差しが強いですし、何より乾燥してるので、解説者の方の声が出なくなることもあるんです。これが中東のつらいところですね」(長畑氏)。
アジアカップやワールドカップのアジア予選で、中東での経験豊富な長畑氏は「ホテルや食事のトラブル、また解説者の方を乗せた車が急に警備員に止められたり、いろんなことが起きがちなんです」といい、それを踏まえて、「今回はいろんなケースを想定して行ったのですが、入念な準備をしていったことが功を奏したこともあり、そうしたトラブルが起きなかったのでよかったです」と、胸をなでおろした。
そんな過酷な環境での仕事で、「みんな大変だったと思うのですが、一番印象に残るのは『楽しかった』とチームメンバーや関係者の方々が言っていたということですね。1個1個つらいことはもちろんあるんですけど、みんなが『楽しかった』『またやりたい』と口々に言っていて。成功感というのも含めてみんなが感じていたんだと思います」と充実の表情。
それを受け、塚本氏は「それは本当にありがたいです。テレビ朝日の制作・技術チームの力を全面的に借りることができたのが、今回のABEMAの制作体制で一番大きな成功要因でした。未知の64試合全部を中継する、挑戦する我々をいろいろ助けていただいて成功することができたので、そこが今回のプロジェクトの一番大きな収穫だと思っています」と捉えた。
●藤田社長は早くも「またやりたい」
今回の経験が、「すごく大きな自信になりました」という塚本氏は「ABEMAが開局して6年半という中で、ワールドカップは大きなエポックメイキングな出来事ではあったのですが、まだまだ道半ばだと感じています。多くの方にABEMAを知ってもらい、使ってもらい、皆さんが見たいコンテンツを届ける努力をしていかなければならないというのを、今回を経て強く感じたところです」と思いを新たに。早速、英プレミアリーグの中継は、三笘薫選手の活躍もあって、「視聴数はとても好調です」という。
今年1月のABEMA全体の1週間あたりの利用者数も、前年同期比1.4倍と好調で、「サッカーに限らず、格闘技、大相撲といったスポーツ中継に加え、麻雀、将棋、バラエティ、恋愛、アニメと、皆さんがいろいろなジャンルで、観たいと思うコンテンツを提供し、楽しんでいただく方が増えていけばと考えているので、ワールドカップをきっかけにいかにABEMAを生活の中に置いていただけるかが勝負だと思っています」(塚本氏)と気を引き締めた。
長畑氏も、テレビ朝日の立場として、「塚本さんたちには、我々がノウハウを提供したということをすごく言ってくださるのですが、僕らにとっては、『ABEMAではこういうふうにやっているのか』と勉強させてもらい、いろんな刺激を受けましたし、コスタリカ戦でテレビ朝日の歴代2位の視聴率をあげながら、ABEMAでも相当な視聴者数を記録するという、両方が成立した良い例になりました。テレビとネットが食い合うものではなく、互助しながら告知したことが結果につながったので、その経験を次に生かしていきたいと思います」と意欲。今回のワールドカップを1つのモデルケースとし、「今後もテレビ朝日のみなさんと一緒に、いろんなチャレンジができるといいなと思っています」(塚本氏)と、先を見据えた。
そうなると、2026年のカナダ・メキシコ・アメリカ大会という話にもなってくるが、「藤田は、またやりたいという気持ちを言ってはおります(笑)」(塚本氏)とのこと。ただ、放映権を含めてどうなるかは不透明なのが現状であるため、現場としては、「まずはABEMAを多くの方にたくさん使っていただき、大きなスポーツイベントの中継ができるチャンスを頂けるのであれば、たくさんの人に見てもらえるように頑張っていきたいと思います」と意気込んでいる。