2023年01月23日16時48分 / 提供:マイナビニュース
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理化学研究所(理研)、東京大学(東大)、東北大学の3者は1月20日、「磁性トポロジカル絶縁体」の積層薄膜における電気磁気効果を観測したことを発表した。
同成果は、理研 創発物性科学研究センター(CEMS) 強相関量子伝導研究チームの川村稔専任研究員、同・十倉好紀チームリーダー(東大 卓越教授/東大 国際高等研究所 東京カレッジ兼任)、同・CEMS 強相関界面研究グループの川﨑雅司グループディレクター(東大大学院 工学系研究科 教授兼任)、同・永長直人グループディレクター(東大大学院 工学系研究科 教授兼任)、東大大学院 工学系研究科の森本高裕准教授、東北大 金属材料研究所の塚﨑敦教授(理研 CEMS 強相関界面研究グループ 客員主管研究員兼任)らの研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の物理学全般を扱う学術誌「Nature Physics」に掲載された。
近年、数学的なトポロジー(位相幾何学)の概念に基づく分類による、新しいタイプの物質相が注目を集めており、内部が絶縁体にも関わらず、その表面には電気が流れるという特徴で知られる「トポロジカル絶縁体」などが知られている。
そのトポロジカル絶縁体に磁性元素を添加したものが磁性トポロジカル絶縁体で、同絶縁体では磁場を変化させると、その変化量に応じて決まった量の電子が輸送されることが理論研究で予測されており、その結果、磁場によって電気分極が誘起される「電気磁気効果」が生じるものと期待されている。
この磁場による電子の輸送は「ラフリン電荷ポンプ」として知られ、輸送される電荷と磁場の変化量の比例係数が基礎物理定数であるプランク定数(h)と電気素量(e)だけで表される。係数が物質に依らないことから、トポロジーに由来する普遍的な量子物理現象として重要だと考えられている。しかし試料作製の難しさから、磁性トポロジカル絶縁体におけるラフリン電荷ポンプはこれまで観測されていなかったという。
そこで研究チームは今回、薄膜結晶成長手法の分子線エピタキシー法を用いて、トポロジカル絶縁体の積層構造薄膜を作製し、それで調べることにしたという。
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具体的には、ビスマス、アンチモン、テルルからなる非磁性のトポロジカル絶縁体「(Bi,Sb)2Te3」を、磁性元素のクロムとバナジウムを添加した磁性トポロジカル絶縁体「(Cr,Bi,Sb)2Te3」および「(V,Bi,Sb)2Te3」で挟んだ積層構造の試料が作製された。
これらの試料は、極低温まで冷却すると磁性層の磁化が膜面に垂直方向にそろい、試料端以外の部分は電流を流せない「量子異常ホール絶縁体」と呼ばれる状態になる。量子異常ホール絶縁体では、通常の板状の試料の場合には、板の側面に沿った一方向にのみ流れるキラル端電流が発生する。このキラル端電流は、ホール抵抗が、量子抵抗h/e2と等しくなる量子異常ホール効果をもたらすという。
しかし、今回の研究の目的であるラフリン電荷ポンプの観測には、キラル端電流の存在が妨げになってしまうことが課題とされていたことから、今回の研究では、電極間をつなぐ側面が存在しない円盤状の試料を作製。そして、同試料の鉛直方向に磁場が加えられ、試料に流れる電流の測定が行われたところ、磁場の振動的な変化に対応して、試料につないだコンデンサの電圧が振動的に変化する様子が観測されたという。
さらに、磁場振幅の大きさを変えて実験が行われたところ、電荷ポンプによって運ばれた電荷量と磁場振幅の大きさが比例していることが判明。この比例係数は、試料の形状効果を補正すると、ラフリン電荷ポンプで理論的に予測されている係数e2/hと一致しており、今回の研究で観測された現象がラフリン電荷ポンプであることが示されていると研究チームでは説明する。
また、外部静磁場を加えてクロムを添加した磁性層とバナジウムを添加した磁性層の磁化方向を反対向きにそろえると、電荷ポンプがゼロになることも確認。この結果は、磁化が反対向きの場合には、試料の上表面、下表面の電荷ポンプが互いに相殺していることを示唆しているという。
なお、研究チームでは、今回のラフリン電荷ポンプの実現は、物質のトポロジカルな性質を応用した新しいタイプの電流源の動作原理を実証したことになるとしており、今後、磁場の基本単位である磁束量子を1つずつ制御できる超伝導量子干渉デバイスと組み合わせることができれば、電子を1個ずつ運ぶ量子レベルの精密電流源の創出へと発展できる可能性があるとしているほか、今回の研究成果は、物質のトポロジーを電子デバイスに応用することが有用であることを示すものでもあり、トポロジカル物質を応用した電子デバイスの研究が発展することが期待できるとしている。