2023年01月06日07時05分 / 提供:マイナビニュース
●H3のこれまでと、「1段実機型タンクステージ燃焼試験」とは?
宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2022年12月20日、新型基幹ロケット「H3」の開発状況について記者説明会を開催し、同11月に実施した「1段実機型タンクステージ燃焼試験(CFT)」について、「目標を達成した」と発表した。
これによりH3は、試験機1号機に向けた最終関門を通過。さらなる改善を経て、2023年2月12日の打ち上げに向けた準備作業へ移る。苦難の日々を乗り越え、ついに星々の世界へ飛び立つときがやってきた。
H3ロケットの開発
H3ロケットは、三菱重工業とJAXAが共同で開発している次世代の大型ロケットである。
現在運用中のH-IIAの後継機として、日本の大型基幹ロケット――安全保障を中心とする政府のミッションを達成するため、国内に保持し輸送システムの自律性を確保するうえで不可欠な輸送システム――としての活躍のほか、国際的な衛星の商業打ち上げ市場への本格的な参入も期待されている。
H3が目指すのは、「柔軟性・高信頼性・低価格」の3つの要素を兼ね備えた“使いやすいロケット”。その実現のため、日本がこれまでつちかってきた技術、日本が得意とする技術、そして3Dプリンターなどの新しい技術を結集、融合する。
開発は2014年4月から始まり、当初は2020年度の試験機1号機の打ち上げを目指していた。しかし、2020年5月、第1段メイン・エンジン「LE-9」に技術的課題が見つかったことから、同9月に計画を見直し、2021年度の打ち上げを目指すとされた。だが、2022年1月にはLE-9に新たな問題が発生し、さらに打ち上げを延期。現在は2022年度中の打ち上げを目指している。
現在開発の焦点となっているのは、LE-9の中でも「タイプ1」と呼ばれるエンジンである。LE-9は2段階に分けて開発されており、第1段階ではタイプ1を、第2段階では「タイプ2」を開発する。
タイプ1は試験機1号機用と位置づけられており、機械加工噴射器など実績のある技術、部品を使用。性能などは当初の目標とほぼ同じではあるものの、手堅い造りのエンジンになっている。一方タイプ2は、3Dプリンターで製作した部品を使った、より先進的な、そして本来目指していたLE-9の姿となる。
LE-9開発は困難の連続で、H3の完成が遅れる可能性があった。そこで2019年にLE-9の開発を2段階に分けることにし、まず手堅いタイプ1を開発し、早期に試験機1号機の打ち上げを目指すこととなったのである。
しかし、このタイプ1の開発にも多くの困難が立ち塞がり、前述のように2020年と201年に相次いで打ち上げ延期を強いられた。
QT、AT、そしてCFT
それでも関係者は粘り強く開発を続け、問題の解決にめどが立った。そして今年7月から11月にかけ、「認定燃焼試験(QT)」と呼ばれるLE-9の燃焼試験を実施した。QTとは、実際の打ち上げに用いるエンジンと同等設計、プロセスで製造した試験用エンジンによる、機能、性能の確認、および寿命実証を目的とした燃焼試験のことである。
このQTは複数回行われ、また前半5回の試験で所期の結果が得られたことから、並行して実際に試験機1号機の打ち上げで使うエンジン2基の「領収燃焼試験(AT)」を実施。所定の燃焼特性を取得し、飛行への適用が可能であることが確認された。こうして、タイプ1エンジンの開発は暗く長いトンネルを抜けたのである。
なお、その後もQTが行われているが、これはエンジンの寿命の実証のほか、スロットリング(推力可変)機能の検証も目的だった。スロットリングは試験機1号機の飛行では使わず、試験機2号機で初めて使用するため、現時点で必要な機能ではない。ただ、H3の開発計画では、万が一試験機1号機に使うエンジンに問題が起きた場合のバックアップとして、試験機2号機用のエンジンの用意も行っており、試験機1号機が問題なく飛べば、このエンジンはそのまま試験機2号機で使う予定であることから、このタイミングでスロットリング機能の検証が行われたのである。
こうした燃焼試験を繰り返した結果、累積での燃焼時間は1万秒を超えるまでに至り、とくに後半、つまり2022年4月ごろからの試験ではエンジンの仕上がりが急激に高まっていったという。
そして、LE-9の一連の燃焼試験に続いて行われたのが「1段実機型タンクステージ燃焼試験」、英語で「CFT(Captive Firing Test)」と呼ばれる試験である。なお、厳密には2段目のCFTもあり、過去に三菱重工田代試験場で行われているが、本稿では特記なき限り、CFTは1段実機型タンクステージ燃焼試験を指すこととする。
今回のCFTでは、ロケットを整備組立棟から射点に移動させ、電気ケーブルや液体推進剤を充填するための配管を接続。そしてロケットに推進剤を充填し、極低温状態で機体の機能が健全に動作することを確認。さらに、機体と地上追尾局のアンテナとの電波リンクにより、機体の状態をモニターするなどし、発射台から飛び立たないこと以外は本番と同じ作業、手順を実際に行って試験する。
つまりCFTはいわば打ち上げのリハーサルで、ロケットも実際の打ち上げに使うのと同じ機体を使い、LE-9をはじめ、第2段や衛星フェアリングもフライト品を装備している。LE-9も前述したATで試験したもので、CFTのあとには実際の打ち上げでも使う。ただし、CFTでの検証項目ではないSRB-3は装着せず、また衛星「だいち3号」も搭載しておらず、火工品も未結線の状態にある。
ロケットは「System of Systems」と称される。すなわち、ロケットの機体そのものもタンクやエンジン、電子機器などが集まったシステムではあるが、ロケットとはその機体だけでなく、地上施設設備と安全監理の3つのシステムが集まった総合システムであり、ロケットの開発とはそうした総合システムの開発を指す。
そして、その総合システムとしてのロケットの試験であり、まさに打ち上げ前最後の関門となったのがCFTなのである。
●CFTは成功! さらなる改善を経て、2月12日の打ち上げに向けた準備作業へ
1段実機型タンクステージ燃焼試験(CFT)
CFTは2022年11月6日から8日にかけて行われた。7日16時30分にはLE-9エンジンに点火し燃焼を行うという最大のハイライトを迎え、試験は終了した。
その後、必要なデータの取得ができたことを確認。さらに、取得したデータの詳細な分析、評価が行われた結果、所期の目標を達成したと判断され、「CFTを完了した」ことが発表された。
なお、CFTを通じては、打ち上げに向けて改善や反映を要する大小さまざまな事項が抽出された。もっとも、これはCFTが失敗だったというわけではなく、こうした改善点などを洗い出すのがCFTのそもそもの目的である。
主な改善を要する点としては以下の3つが挙げられた。
○1. 1段液体酸素加圧配管接手部の漏洩(試験後)
概要
液体酸素/液体水素充填時のタンク熱収縮により加圧配管が変形し、これに伴い接手部に発生した荷重によりシールが変形。試験後の常温復帰時、配管の変形が戻った際に接手に隙間が生じ、変形したシールの隙間から漏洩したものと推定。
改善策
接手を設計変更した一部の配管を交換するとともに、ボルト締め付け等の手順を変更。
○2. 1段液体酸素タンク上部ドーム部リリーフバルブにおける振動環境条件規定の超過
概要
加圧・排気時のガス流動によりタンクドームが振動し、軽量のリリーフバルブが設計上の環境条件規定を超過したものと推定。
改善策
リリーフバルブの環境条件を再評価し、CFTの結果を踏まえ、フライト時に想定される環境条件下でのバルブ単体の振動試験を実施して耐性を確認。
○3. 2段機器搭載部等における振動環境条件規定の超過
概要
燃焼試験時の煙道出口からの音響により、2段機器搭載部等が加振され、環境条件規定を超過したものと推定。
改善策
環境条件規定を見直すこととし、耐性を評価。詳細評価が必要とされた慣性センサーについては、追加の認定試験による検証を実施。
これらの改修は難しくはなく、記者説明会が開かれた20日の時点で、「すでに改善事項などを試験機1号機の機体や設備に反映しつつある段階」だという。
開発の責任者を務める、JAXAの岡田匡史プロジェクト・マネージャーは、CFTを振り返って、「長かったですね。CFTは一発で仕上げる覚悟で臨みました。もちろん、試験でなにも課題が出ないと思っていたわけではありませんが、出てきた課題に対してどのように改善するかで少し時間がかかりました」と語った。
「その対応策が具体化でき、めどが立ったことで、打ち上げに向けた作業に移る準備が整いました」。
イプシロン6号機打ち上げ失敗にともなう改修も
CFTとそれにともなう改修と並行して、「イプシロン」ロケット6号機の打ち上げ失敗を受けた改修も施された。
既報のとおり、イプシロン6号機は10月12日に打ち上げられるも、ロケットに異常が発生したため指令破壊信号が送られ、打ち上げに失敗した。その原因調査は記事執筆時点(12月26日)も続いているが、原因となった箇所の特定と、その要因がおおよそ絞り込まれてきている。
そこで、可能性があるとされている要因のうち、H3と関係のある部分について、転ばぬ先の杖として改修が行われた。
改修が行われたのは、H3の2段目にあるガスジェット装置のパイロ弁である。パイロ弁とは、飛行前は推進薬を遮断し、飛行中に火工品の点火により流路を開通させるバルブのことで、イプシロン6号機ではこの部分で不具合が起きたことが、原因の可能性のひとつとして考えられている。
H3用でもともと使う予定だったパイロ弁は、イプシロン用のものとは製品としては異なるものの、製造元と作動原理が同じだった。つまり、もしイプシロン6号機の失敗原因がこの部分であったなら、H3でも同様のトラブルが発生する可能性がある。そこで、製造元と作動原理が異なり、なおかつ十分な実績のあるH-IIAロケットのパイロ弁に交換することとなり、それに合わせ「パイロ弁および上下流配管等の変更」、「点火信号送出タイミングの変更(同時化)」といった設計変更も実施された。
打ち上げ間近という土壇場での設計変更ではあったものの、開発用供試体を使った音響試験により機械的環境への耐性を確認し、設計変更を完了。並行して、試験機1号機用のパイロ弁の交換も完了。今後工場でパイロ弁へ推進薬を充填して、種子島宇宙センターの射場にて取り付けを行う予定となっている。
なお、試験機2号機以降のパイロ弁をどうするかは、今後のイプシロン6号機の調査結果などを踏まえて検討していくとしている。
打ち上げは2月12日を予定
LE-9の技術的課題が解決し、CFTをクリアし、そして改善点の反映も進んでいることから、JAXAは「H3試験機1号機に向けた開発はおおむね完了した状況」とした。
これからは、必要な検証を入念に行ったうえで、打ち上げの準備作業が始まることになる。まずそのなかで大きなものは、機体の仕様をCFT形態から打ち上げ形態に変更することにある。
前述のように、CFTはLE-9などの第1段推進系や2段目、フェアリングなどは実際に飛行するものを装備していたものの、SRB-3はなく、衛星も搭載しておらず、火工品も未結線の状態だった。そのため、これらを打ち上げのために装着、搭載する必要がある。また、そのうえで、推進系、電気系などの機能点検を行う必要もある。
そして12月23日、JAXAはH3試験機1号機の打ち上げを、2023年2月12日に実施すると発表した。
岡田プロマネは「いよいよこれから打ち上げに向けた準備に入っていきます。ゴールを目指し、いままで以上にJAXAとメーカーと力を合わせ、がんばっていきます」と期待を述べた。
2014年の開発開始からまもなく9年。立ちふさがったいくつもの高い山を登りきり、待ち焦がれたときがいよいよ訪れようとしている。
まさに「Per aspera ad astra(困難を乗り越えて星々へ)」。その瞬間まで、あと1か月あまりである。
○参考文献
・JAXA | H3ロケット試験機1号機による先進光学衛星「だいち3号」(ALOS-3)の打上げについて
・H3×ALOS-3特設サイト | ファン!ファン!JAXA!
・JAXA | H3ロケット
・令和4年度 ロケット打上げ計画書 先進光学衛星(ALOS-3)/H3 ロケット試験機 1 号機(H3・TF1) 令和4年12月 国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構
鳥嶋真也 とりしましんや
著者プロフィール 宇宙開発評論家、宇宙開発史家。宇宙作家クラブ会員。 宇宙開発や天文学における最新ニュースから歴史まで、宇宙にまつわる様々な物事を対象に、取材や研究、記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。 この著者の記事一覧はこちら